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無色の妄想日記

タイトルを変更しました。

現在、福島県郡山市に仮寓させていただいている。
ありがたいことです。

旅をしている時の状況が時に思い出される。泊まる当てもなく、地図を片手にひたすら歩いた。雨の中、強風の中、雪降る中、そして、暴風雪の中。ひたすら歩いた。歩いている時には不思議に恐怖感や切迫感は無かった。何とかなるという気持ちですね。

今、雨、露、雪、風を凌げる部屋を提供していただいている。このことがどれほど嬉しい事か。実感している。

残された時間がいくらほどあるかは判らないが、残された時間を、自身の身魂を磨くために使おうと思う。スピリチュウアルを学んできているのだから、自身が信じる道を進む。    ただ・・・それだけ。

 ■ 2016/04/23 (土) 閑話休題


興味深い本を読んだ。

伊藤忠彦 著 「宇宙が味方する生き方」 p186

・・・・略。

聖書の中でも、まず聖書の言葉を読んで、次に神の力を信じてその言葉を実行せよと教えています。しかし、残念ながら現在の教会の教えは、信仰のみで救われるとするものがほとんどです。これは、教義を理解するだけでよいとするものであり、キリストの贖罪によって自分の罪もすべて帳消しになり、キリストの憐れみによって天界に入れられるとする考えです。でも、人を赦すこともなく、隣人愛を実行することもなく、「信じるだけで救われる」というのが本当の信仰と言えるでしょうか。私は疑問に感じざるを得ません。楽な信仰は人間には魅力的ですが、それが神仏の恵みというなら、中世のローマ教会が免罪符を買えば天国に入れるとしたのと同じようなものです。

信仰とは、理性や良心によって自己の中にある欲念や業を克服し、無私の愛の人につくり変えられることを目的としているのであり、決して楽な道はありません。あるとすればそれはすべてまやかしだと思います。

すなわち愛の実践をしようとして、それに抵抗する自分を見出し、神に助けを求めることこそが信仰だと私は思います。それでなければ神と人が連結できないからです。聖書にもそのことを示す記述があります。

「狭い門から入りなさい。滅びにいたる門は広く、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見出す者はまれです」(マタイ伝七章十三・十四節)
・・・略。

引用終わり。

伊藤さんはクリスチャン。
「シルバーバーチの霊訓」の知識を選択した私としては、中には「?」の箇所がありますが、今まで妄想日記でキリスト教教会を、信者たちを非難してきた私としては納得できるものもあります。特に、引用させていただいた内容は、普段私が考えていることと同じです。クリスチャンの中にも、このような正当?とも思える考えを持っている人もいるのだと驚いています。

贖宥状(免罪符)

ウッキペデアより引用。
元来、キリスト教では洗礼を受けた後に犯した罪は、告白(告解)によって許されるとしていた。西方教会で考えられた罪の償いのために必要なプロセスは三段階からなる。まず、犯した罪を悔いて反省すること(痛悔)、次に司祭に罪を告白してゆるしを得ること(告白)、最後に罪のゆるしに見合った償いをすること(償い)が必要であり、西方教会ではこの三段階によって初めて罪が完全に償われると考えられた。古代以来、告解のあり方も変遷してきたが、一般的に、課せられる「罪の償い」は重いものであった。

キリスト教に限らず世界の多くの宗教に、宗教的に救済を得たいなら善行や功徳を積まなくてはならないとする「因果応報」や「積善説」という考え方がある[1]。カトリック教会は、救われたい人間の自由意志が救済のプロセスに重要な役割を果たすとする「自由意思説」に基づいた救済観を認め、教会が行う施しや聖堂の改修など、教会の活動を補助するために金銭を出すことを救済への近道として奨励した[1]。
贖宥状はもともと、イスラームから聖地を回復するための十字軍に従軍したものに対して贖宥を行ったことがその始まりであった。従軍できない者は寄進を行うことでこれに代えた。

ボニファティウス8世の時代に聖年が行われるようになり、ローマに巡礼することで贖宥がされると説かれた。後にボニファティウス9世当時、教会大分裂という時代にあって、ローマまで巡礼のできない者に、同等の効果を与えるとして贖宥状が出された。これはフランスなどの妨害で巡礼者が難儀することを考えての措置であった。その後も、様々な名目でしばしば贖宥状の販売が行われていた。
教皇レオ10世がサン・ピエトロ大聖堂の建築のための全贖宥を公示し、贖宥状購入者に全免償を与えることを布告した。中世において公益工事の推進のために贖宥状が販売されることはよく行われることであったが、この贖宥状問題が宗教改革を引き起こすことになる。

宗教改革がヨーロッパ全域の中で特に神聖ローマ帝国(ドイツ)で起こったことには理由があった。ドイツで最も大々的に贖宥状の販売が行われたからである。この大々的な販売は当時のマインツ大司教であったアルブレヒト(ドイツ語版、英語版)の野望に端を発していた。彼はブランデンブルク選帝侯ヨアヒム1世の弟であり、初めマクデブルク大司教位とハルバーシュタット(英語版)司教(en:Bishopric of Halberstadt)位を持っていた。アルブレヒトは兄の支援を受けてさらに、選帝侯として政治的に重要なポストであったマインツ大司教位も得ようと考えた。しかし、司教位は本来1人の人間が1つしか持つことしかできないものであった。

アルブレヒトはローマ教皇庁から複数司教位保持の特別許可を得るため、多額の献金を行うことにし、その献金をひねり出すため、フッガー家の人間の入れ知恵によって秘策を考え出した。それは自領内でサン・ピエトロ大聖堂建設献金のためという名目での贖宥状販売の独占権を獲得し、稼げるだけ稼ぐというものであった。こうして1517年、アルブレヒトは贖宥状販売のための「指導要綱」を発布、ヨハン・テッツェル(ドイツ語版、英語版)というドミニコ会員などを贖宥状販売促進のための説教師に任命した。アルブレヒトにとって贖宥状が1枚でも多く売れれば、それだけ自分の手元に収益が入り、ローマの心証もよくなっていいこと尽くしのように思えた。

アルブレヒトの思惑通り、贖宥状は盛んに売られ、人々はテッツェルら説教師の周りに群がった。しかし、義化の問題に悩みぬいた経験を持っていた聖アウグスチノ修道会員マルティン・ルターにとって、贖宥状によって罪の、果たすべき償いが軽減されるというのは「人間が善行によって義となる」という発想そのものであると思えた。しかし、そのときルターが何より問題であると考えたのは、贖宥状の販売で宣伝されていた「贖宥状を買うことで、煉獄の霊魂の罪の償いが行える」ということであった。本来罪の許しに必要な秘跡の授与や悔い改めなしに贖宥状の購入のみによって煉獄の霊魂の償いが軽減される、という考え方をルターは贖宥行為の濫用であると感じた(テッツェルのものとしてよく引用される「贖宥状を購入してコインが箱にチャリンと音を立てて入ると霊魂が天国へ飛び上がる」という言葉は、この煉獄の霊魂の贖宥のことを言っているのである)。

この煉獄の霊魂の贖宥の可否についてはカトリック教会内でも議論が絶えず、疑問視する神学者も多かった。ルターはアルブレヒトの「指導要綱」には贖宥行為の濫用がみられるとして書簡を送り、1517年11月1日、ヴィッテンベルク大学の聖堂の扉にもその旨を記した紙を張り出し、意見交換を呼びかけた(当時の大学において聖堂の扉は学内掲示板の役割を果たしていた)。ルターはこの一枚がどれほどの激動をヨーロッパにもたらすかまだ知らなかった。これこそが『95ヶ条の論題』である。ルターはこれを純粋に神学的な問題として考えていたことは、論題が一般庶民には読めないラテン語で書かれていたことからも明らかである。しかし、神聖ローマ帝国の諸侯たちの思惑によって徐々に政治問題化し、諸侯と民衆を巻き込む宗教改革の巨大なうねりの発端となった。

カトリック教会はヨーロッパ諸国に広がった宗教改革の動きに対し対抗宗教改革を行い、綱紀粛正を図ったが、トリエント公会議の決議により、金銭による贖宥の売買は禁止されることになった。
なお、贖宥状の金銭での売買は禁じられたが、発行そのものは禁止されておらず、以後も行われた。


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 ■ 2016/04/23 (土) 言葉と感性と民族性と土地


河合隼雄 著 「日本人の心を解く」より引用

日本神話における中空構造
三人兄弟の一番目と三番目は重要な役割を演じるけれども、二番目の兄弟について何も触れられていない。
この中心が何もしないという構造。
引用終わり。

確かに、古事記などを読んでいても、アマテラスとスサノオウの描写が大きく、二番目の月読がない。アマテラスが「女」スサノオウは「男」、では、月読は・・・!?
河合先生によると、日本神話はこのような中空構造が多く見られるとの事。

今回は、この中空構造自体は、専門家の研究に委ね、“真ん中は何もしない”という事に注目したい。“何も出来ない”のではなく、“何もしない“と言う事にね。
河合先生の本を読んでいて、何かひっかかる感じを受けていた。

日本人にとって、”何もしない”ということは何を表しているのか!?
日本人の精神構造に、どのような影響を与えているのかを、良寛さんとシュバイツアー博士を比較妄想してみたい。
この事は、どちらが正しいかとか正しくないかとか優れているとかそうでないとかの比較論ではないことをあらかじめお断りしておく。

ウッキーペデアより引用

良寛さん

良寛(りょうかん、宝暦8年10月2日〔1758年11月2日〕 - 天保2年1月6日〔1831年2月18日〕)は江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家。俗名、山本栄蔵または文孝。号は大愚。

良寛は越後国出雲崎(現・新潟県三島郡出雲崎町)に生まれた(しかし、その生涯をたどる手立ては極めて少ない)。四男三女の長子。父、山本左門泰雄はこの地区の名主・橘屋であり、[1]石井神社の祠職を務め、以南という俳人でもあった(異説では越後国新津(現・新潟県新潟市秋葉区)の大庄屋・桂誉章の子)。良寛は出雲崎の名主であった父の後を継ぐ名主見習いを初めて2年目の18歳の時、突如出家し、子供の頃に勉学を積んだ曹洞宗光照寺にて修行をする。

この時全国各地に米騒動が頻発した。越後にも天災・悪疫が襲い、凶作により餓死者を出した。村人の争いを調停し、盗人の処刑に立ち会わなければならなかった良寛が見たものは、救いのない人間の哀れな世界であった。両親の説得にも関わらず、良寛は頑なに修行を続けた。

出家後、安永8年(1779年)22歳の時、良寛の人生は一変する。玉島(岡山県倉敷市)の円通寺の国仙和尚を"生涯の師"と定め、師事する。良寛は故郷を捨てたが、この世にあらん限りは父母の言葉を身に包み生きよう、と誓った。円通寺の格式は高く、その入門には厳しい戒律を通過しなければならなかった。そして経を学ぶことより、勤労に励むことを第一としていた。「一日作らざる者は、一日食わず」国仙和尚は日を変え言葉を変えて良寛に説いた。その教えは後の良寛の生き方に強い影響を与える。良寛が修行した僧堂は、『良寛堂』として今もその当時のまま残されている。修行4年目の春、良寛は母の訃報に接する。しかし帰郷は許されるはずもなく円通寺の修行は12年も重ねた(この円通寺の修行時代の良寛を記すものはほとんど残っていない)。

寛政2年(1790年)印加(修行を終えた者が一人前の僧としての証明)を賜る。翌年、良寛34歳の時「好きなように旅をするが良い」と言い残し世を去った国仙和尚の言葉を受け、諸国を巡り始めた。父の訃報を受けても放浪の旅は続け、義提尼より和歌の影響を受ける。48歳の時、越後国蒲原郡国上村(現燕市)国上山(くがみやま)国上寺(こくじょうじ)の五合庵(一日五合の米があれば良い、と農家から貰い受けたことからこの名が付けられた)にて書を学ぶ。『秋萩帖』はその手本として自ら選んだ。五合庵の良寛は何事にもとらわれず、何者にも煩わせることもない、といった生活だった。筍が顔を覗かせれば居間を譲り、子供にせがまれれば、日が落ちるまで鞠付きに興じるのだった。良寛は歌に「この子らと 手鞠付きつつ遊ぶ春 日はくれずともよし」と残している。書は良寛にとって己が鬱勃たる心情の吐露だった。

また書を学ぶうち、従来の書法では自身の心情を表せることが出来ず、良寛独自の書法を編み出す。それは、上手に見せようとするのではなく、「一つの点を打つ」「一つの棒を引く」その位置の僅かなズレが文字の命を奪う。そんな際どい瀬戸際に筆を運んで良寛の書は出来上がる。五合庵での階段の昇り降りが辛くなり、61歳の時、乙子神社境内の草庵に居を構えた。円熟期に達した良寛の書はこの時に生まれている。

70歳の時、島崎村(現長岡市)の木村元右衛門邸内にそれぞれ住んだ。無欲恬淡な性格で、生涯寺を持たず、諸民に信頼され、良く教化に努めた。良寛自身、難しい説法を民衆に対しては行わず、自らの質素な生活を示す事や簡単な言葉(格言)によって一般庶民に解り易く仏法を説いた。その姿勢は一般民衆のみならず、様々な人々の共感や信頼を得ることになった。
・・・以下略。

シュバイツアー博士

アルベルト・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer, 1875年1月14日 - 1965年9月4日)は、ドイツ出身のアルザス人で、ドイツ系の神学者・哲学者・医者・オルガニスト・音楽学者。
名のAlbertは、フランス語では「アルベール」となる。姓のSchweitzerは、「シュヴァイツェル」「シュバイツァー」とも表記される。
ジャン=ポール・サルトルは伯父シャルル(1844年 - 1935年)の孫(いとこにあたるアン・マリ−の息子)にあたる。ルノーの前代表取締役のルイ・シュヴァイツァー(Louis Schweitzer)はいとこの孫に当たる。また、弟パウル・シュヴァイツァーは指揮者シャルル・ミュンシュの姉エマと結婚した。

20世紀のヒューマニストとして知られている人物である。30歳の時、医療と伝道に生きることを志し、アフリカの赤道直下の国ガボンのランバレネにおいて、当地の住民への医療などに生涯を捧げたとされている。日本においては、内村鑑三などによって古くから紹介され、その生涯は児童向けの偉人伝において親しまれている。

哲学でも業績を残し、「生命への畏敬」の概念で世界平和にも貢献した。「密林の聖者」と呼ばれている。また、音楽にも精通し、バッハ研究でも有名である。「人生の惨めさから逃れる方法は二つある。音楽と猫だ」という言葉を残している[1]。生まれつき非常に頑健であまり疲れない身体を持っていた。

生命への畏敬とは、シュヴァイツァーの思想と実践の根底にある考え方である。人間をはじめとして生命をもつあらゆる存在を敬い、大切にすることを意味する。彼は生命あるものすべてには、生きようとする意志が見出されるとする。この生きようとする意志は、自己を完全に実現しようとする意志である。シュヴァイツァーはこの事実から出発して、すべての人が自己の生きようとする意志を大切にすると同時に、自分と生きようとしている他の生命をも尊重しなければならないと考えた。それは自己と他者、および生命あるものとの共存をめざす考え方であり、アフリカでの医療活動はまさにその実践であった[2]。
・・・以下略。

引用終わり。

良寛さん、シュバイツアー博士に共通する事柄は、二人とも信仰者であったこと、命に対して畏敬の念を持っていることではなかろうか。そして、多くの人に慕われた事。
しかし、決定的に違うことは、良寛さんは厳しい修行を収めた後、五合庵で、何にも捕らわれず、慣行的な行いもせず、子供たちと戯れて過ごしている。
シュバイツアー博士は、アフリカの医療奉仕の為に、生涯を捧げ、アフリカとヨーロッパを往来している。

さて、この違いはどこにあるのか!?

当然、時代背景、民衆の意識レベルなどを勘案しなければならないが、良寛さんは、ある一定の意識レベルに達した後、この世的な欲が極度に低くなったのではなかろうかと妄想している。
シュバイツアー博士は、信仰者としての使命感に燃え、刻苦勉励し医師の免許を取得して、アフリカに赴いている。神学者として、音楽家としてそれなりに成功しているにもかかわらずにね。キリスト教の奉仕の精神が表れている。

日本には、時代を遡ると、一休さんがいる。アニメにもなったから多くの人がご存知であろうと思う。

ウッキーペデアより引用

一休宗純(いっきゅうそうじゅん)は、室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人。説話のモデルとしても知られる。

出生地は京都で、出自は後小松天皇の落胤とする説が有力視されている[1] 。『一休和尚年譜』によると母は藤原氏、南朝の高官の血筋であり、後小松天皇の寵愛を受けたが、帝の命を狙っていると讒言されて宮中を追われ、民間に入って一休を生んだという[2] 。
幼名は、後世史料によると千菊丸。長じて周建の名で呼ばれ狂雲子、瞎驢(かつろ)、夢閨(むけい)などと号した。戒名は宗純で、宗順とも書く。一休は道号である。

6歳で京都の安国寺[3] の像外集鑑(ぞうがいしゅうかん)に入門・受戒し、周建と名付けられる。早くから詩才に優れ、13歳の時に作った漢詩『長門春草』、15歳の時に作った漢詩『春衣宿花』は洛中の評判となり賞賛された。
応永17年(1410年)、17歳で謙翁宗為(けんおうそうい)の弟子となり戒名を宗純と改める。ところが、謙翁は応永21年(1414年)に死去し、この頃に一休も自殺未遂を起こしている[4]。

応永22年(1415年)には、京都の大徳寺の高僧、華叟宗曇(かそうそうどん)の弟子となる。「洞山三頓の棒」という公案に対し、「有ろじより 無ろじへ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と答えたことから華叟より一休の道号を授かる。なお「有ろじ(有漏路)」とは迷い(煩悩)の世界、「無ろじ(無漏路)」とは悟り(仏)の世界を指す。

応永27年(1420年)、ある夜にカラスの鳴き声を聞いて俄かに大悟する。華叟は印可状を与えようとするが、一休は辞退した。華叟はばか者と笑いながら送り出したという。以後は詩、狂歌、書画と風狂の生活を送った。
正長元年(1428年)、称光天皇が男子を残さず崩御し伏見宮家より後花園天皇が迎えられて即位したが、この即位には一休の推挙があったという[5]。文明6年(1474年)、後土御門天皇の勅命により大徳寺の住持[6]に任ぜられた。寺には住まなかったが再興に尽力し、塔頭の真珠庵は一休を開祖として創建された。また、戦災にあった妙勝寺を中興し草庵・酬恩庵を結び、後に「一休寺」とも呼ばれるようになった。天皇に親しく接せられ、民衆にも慕われたという。

文明13年(1481年)、酬恩庵(京都府京田辺市の薪地区)おいてマラリアにより死去。享年88。臨終に際し「死にとうない」と述べたと伝わる。墓は酬恩庵にあり「慈揚塔」と呼ばれるが、宮内庁が御廟所として管理している陵墓である[7]ため、一般の立ち入りや参拝はできない。

自由奔放で、奇行が多かったといわれる。以下のような逸話が伝わっている。

・印可の証明書や由来ある文書を火中に投じた。
・男色はもとより、仏教の菩薩戒で禁じられていた飲酒・肉食や女犯を行い、森侍者(しんじしゃ)という盲目の側女や岐翁紹禎という実子の弟子がいた。
・木製の刀身の朱鞘の大太刀を差すなど、風変わりな格好をして街を歩きまわった。これは「鞘に納めていれば豪壮に見えるが、抜いてみれば木刀でしかない」ということで、外面を飾ることにしか興味のない当時の世相を批判したものであったとされる。
・親交のあった本願寺門主蓮如の留守中に居室に上がり込み、蓮如の持念仏の阿弥陀如来像を枕に昼寝をした。その時に帰宅した蓮如は「俺の商売道具に何をする」と言って、二人で大笑いしたという。
・正月に杖の頭にドクロをしつらえ、「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いた。
こうした一見奇抜な言動は、中国臨済宗の僧・普化など唐代の禅者に通じ、禅宗の教義における風狂の精神の表れとされる。同時に、こうした行動を通して、当時の仏教の権威や形骸化を批判・風刺し、仏教の伝統化や風化に警鐘を鳴らしていたと解釈されている。彼の禅風は、直筆の法語『七仏通誡偈』が残されていることからも伺える。

このような戒律や形式に囚われない人間臭い生き方は、民衆の共感を呼んだ。江戸時代には、彼をモデルとした『一休咄』に代表される頓知咄(とんちばなし)を生み出す元となった。
一休は能筆で知られる。また、一休が村田珠光の師であるという伝承もあり、茶人の間で墨蹟が極めて珍重された(なお、珠光の師という説は現在の研究ではやや疑わしいとされる)。
著書(詩集)は、『狂雲集』『続狂雲集』『自戒集』『骸骨』など。東山文化を代表する人物でもある。また、足利義政とその妻日野富子の幕政を批判したことも知られる。
引用終わり。

良寛さんや一休さんを生み出す日本の風土とはいったいどのようなものなのだろうか!?
日本には、一定の意識レベルに達することで、物質世界の虚しさを感じざるを得ない心境になるのではなかろうか。西洋の人たちと、日本人を比較する事自体ナンセンスな事だと解ってはいるが、人は違って当たり前、民族も違って当たり前、国も違って当たり前・・・故に、どのように共存関係を結ぶべきかが大切なことだと思う。
グローバル化による、十派ひとからげの世界など、気持ち悪い世界であり、衰退する世界でしかないのではなかろうか。

最後に、福島県の会津地方出身の野口英世先生のことをメモする。

ウッキーペデアより引用。

野口 英世(のぐち ひでよ、1876年(明治9年)11月9日[1] - 1928年(昭和3年)5月21日)は、日本の細菌学者。福島県出身。
猪苗代高等小学校卒業、済生学舎(現在の日本医科大学)修了後、ペンシルベニア大学医学部を経て、ロックフェラー医学研究所研究員。細菌学の研究に主に従事し、黄熱病や梅毒等の研究で知られる。数々の論文を発表し、ノーベル生理学・医学賞の候補に三度名前が挙がったが、黄熱病の研究中に自身も罹患し、1928年5月21日、ガーナのアクラで51歳で死去。

栄典は、正五位・勲二等旭日重光章。学位は医学博士(京都大学)、理学博士(東京大学)。称号はブラウン大学名誉理学博士、イェール大学名誉理学博士、パリ大学名誉医学博士、サン・マルコス大学名誉教授・名誉医学博士、エクアドル共和国陸軍名誉軍医監・名誉大佐。キリスト者。
妻はメリー・ロレッタ・ダージス。
・・・以下略。

野口先生もキリスト教徒である。


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 ■ 2016/03/05 (土) 野鳥観察記


朝、下宿の前の駐車場の隅に、餌を置いている。
当初は、カラスのごみ荒し防止の為にしていたが、雀たちも来るようになっている。今は、からす、すずめ、レキセイ他、名も知らぬ二種の野鳥が来るようになっている。

雀が一番多い。
雀の群れを見ていると、白っぽい小鳥が混じっているのが見える。
茶色の頭の雀の群れの中に、白っぽい頭が見える。目立つ。
よくよく見ていると、羽にも白い部分が散在している。雀とは別の種の鳥か!?

現在、三羽を視認している。
雀の群れに混じって、行動を同じくしている。白っぽい部分を茶色にすると雀である。

自然発生的な変異か!?

現在の福島県の環境を考えると、放射能による突然変異が強く疑われるのではなかろうか!?おそらく、多くの人が気づいているのではなかろうか!?

地元のご婦人と話した。
講演会に出かけたことがあり、学者の話を聞いたそうだ。その学者いわく、「放射能の影響は絶対ない」と断言しているようだ。
ご婦人は憤慨されていた。このような状況で”絶対”という言葉を使うとは何事か!とね。

放射能の影響は静かに、着実に浸透している。

東電は、「メルトダウン」の事実を今頃公表している。5年間沈黙していて、今頃ね。東電にすれば、多くの人に確実に被爆していただいたから、そろそろ出すか・・・との思いか!?民主党の岡田議員、枝野議員も「大丈夫だ」を繰り返しながら、自らの視察の時は全面防護服着用である。

鳥の話に戻す。
いくら隠しても、自然界を見ていると確実に影響が出ていることがわかるのではないか!?
おそらく、関係機関は調査、研究をしているでしょうね。そして、5年後、10年後に、実は、あの時の状況はこうでした!と、平然と出してくることでしょうね。


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中年競馬夜曲 やっぱり半端にいつもどうもありがとうございます、天の波動が仕事見つけて生きがい感じ始めたことおおいに嬉しいことと申している、僕も嬉しい・・・がんばっていただく、やっぱり半端に感謝が大事、感謝がないから世の中とんでもないことになっていく・・どうぞよろしくお願いする、やっぱり半端にいつもどうもありがとうございます。by運命の天の波動をもつ中年競馬夜曲より(東京信用金庫もよろしくお願いする、まりあさんも) (16/03/10 17:07)


 ■ 2016/02/06 (土) 革命と国譲り


明治維新を考えていると、古事記に記されている「国譲り」に遡る。

勝海舟と西郷隆盛の会談により、江戸城無血開城、徳川家の温存。

西洋的な革命思想では考えられない事。

明治維新は革命ではなく「国譲り」。

さて、政界では「維新」の名が使われている。

政治家は、「維新」をどのような意味で使っているのだろうか!?

「革命」のやり直しのつもりなのか!?

アメリカ大統領候補の一人が「革命」という言葉を使っているようだ。

中東の紛争でも使われているようだ。

支配層は、今年は「革命」というスローガンを掲げ、人口淘汰、世界政府の樹立に向かうのだろうか!?

日本の心を失った人々は・・・!?


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やまと 権瓶さん 支配層は動かす側です。どのように転んでも、実害がないようにしているようです。 (16/03/04 15:03)
権瓶 支配層は革命はしないでしょう? (16/02/09 20:06)


 ■ 2016/02/05 (金) 日々雑感


「維新」についてメモしたいが、ちょっと不愉快なことが続いたから、日々雑感をメモする。ちょっと飲みながらだから、「維新」についてはどうなるかわからん。頭にきている!!!


いや〜まいった!!!

糞おやじ2号が現れた。
ちなみに、糞おやじ一号は逝った。初夏から急激に体調を崩し、年末に救急車で運ばれて、お仕舞い。私は放射能の影響も否定できないが、仲間に一服盛られたのではないかとも妄想している。

しかし、糞おやじ2号も大変な代物である。

下痢便をトイレ中に振りまき、洗面所の床までも糞だらけ。壁には擦り付けた跡。トイレットペーパーにも付いている。下宿に帰ってきたら、大家さんがぶつぶつ言って掃除をしている。

一度や二度ではない。
私自身3度、自称情報通のおっさんが2度か3度掃除をしたという。
一度、厳しく注意をした後、糞をもらしたパンツが流しの下においてあった。(もう、どうしようもないね)


糞おやじの1号と2号の共通点。

・ トイレの使い方が幼児に劣る。(犬や猫でもトイレマナーを教えれば守るというのにね。糞虫どもが!!!)

・ 食事内容が在来種の私たちと異なる。
1号も2号も脂っこいものを料理し、洗面所が油でべとべと。そして、残飯をきれいに掃除をしない。三角コーナーがあるのだからそれに入れればいいのだがね。

・ 「年金」を貰っている。
別に貰っているからといって、とやかく言うつもりはない。しかし、生活態度を見ていても、長年、社会生活をしていたとは思われない。

・ 異常にふてぶてしい。
汚したら一言謝罪をし、掃除すればいいのだがね。(普通の常識人ならば、謝罪する前に掃除をするよね)
私は頭にきて、一度掃除をさせた。しかし・・・。
また、注意をしに行ったら”寝転んだままタバコを吸い出した”。

・ 上履きと下穿きの区別が付かない。


私は大家さんや地元の人に、この糞おやじのような生活習慣がある地域がこの辺にあるのかを聞いた。答えは・・・「ない」。
糞おやじ1号も2号も同じ行動パターンである。
このような行動パターンは一朝一夕に身に付くものではない。

私は、このような人間を「工作員」と呼んでいる。

「混乱」と「破壊」が目的だから、何でもありなのです。

彼らが加害者や被害者になることは望むことなのではないか!?

加害者になれば・・・三食付の雨、露、雪、風しのげる施設・・・すなわち刑務所に入れる。

被害者になれば・・・痛くもないのに「痛い!痛い!」とわめきたて、慰謝料を加害者から搾り取る。またそれを援護する弁護士がそろっているのではないか!?

そして、薬付け、自虐思想付けになっている大和民族。
何をやっても「我慢」するだろうと高を括っている。
依存と寄生、責任転嫁の姿勢。

大家さんとも話したが、先に手を出したら負けとなる。
困った連中である。傍迷惑もいいところである。

しかしね、この世は「原因と結果の法則」に支配されている。自分でしたことは、自分に結果が返ってくる。その責任を取らなければならない。

キリスト教教会の教えは・・・イエス・キリストが贖ってくれる。
そこらへんに転がっている宗教信者たちは・・・私たちの信じている宗教を教祖様は霊格が高いから、救ってくれる。

あほな事言うな!と言いたい。

「雑談でもよしが・・・」のスレッドからコピーする。(スレ主は私です)

夜曲さんのコメント

シルバーバーチの霊訓より・・・・どうもありがとうございます、感謝が基本なんです。

「タネ蒔きと刈り取りの摂理は、大自然の摂理の中でも、もっともっと多くの人に理解していただきたいと思っているものです。
大地が実りを産み出していくという自然の営みの中に、大霊の摂理がいかに不変絶対のものであるかを読み取るべきです。

大地に親しみ、大自然の摂理の働きを身近に見ておられる方なら、その仕組みの素晴しさに感心し、秩序整然たる因果関係の営みの中に、そのすべてを計画した大精神すなわち神の御心を、いくばくかでも悟られるはずです。

蒔いたタネが実りをもたらすのです。

タネは正直です。トマトのタネを蒔いてレタスができることはありません。蒔かれた原因(たね)は、大自然の摂理に正直にしたがって、それ相当の結果(みのり)をもたらします。自然界について言えることは、そのまま人間界にも当てはまります。

利己主義のタネを蒔いた人は利己主義の報いを刈り取らねばなりません。罪を犯した人はその罪の報いを刈り取らねばなりません。寛容性のない人、かたくなな人、利己的な人は、悲寛容性と頑固と利己主義の結果を刈り取らねばなりません。この摂理だけは変えられません。永遠に不変です。

いかなる宗教的儀式、いかなる讃歌、いかなる祈り、いかなる聖典をもってしても、その因果律に干渉して都合のよいように変えることはできません。発生した原因は、数学的・機械的正確さをもって結果を生み出します。
聖職者であろうと、平凡人であろうと、その大自然の摂理に干渉することはできません。

霊的成長を望む者は、霊的成長を促すような生活をするほかはありません。
その霊的成長は、思いやりの心、寛容の精神、同情心、愛、無私の行為、そして仕事を立派に仕上げることを通して得られます。言いかえれば、内部の神性が日常生活において発現されてはじめて成長するのです。邪(よこしま)な心、憎しみ、復しゅう心、悪意、利己心といったものを抱いているようでは、自分自身がその犠牲となり、歪(ゆが)んだ、ひねくれた性格という形となって代償を支払わされます。

いかなる摂理も、全宇宙を包含する根源的な摂理の一面を構成しております。その一つ一つが大霊の計画にそって調和して働いております。この事実を推し進めて考えれば、世界中の男女が自分の行為に対して自分の日常生活の中で責任を果たすべきであり、それを誰かに転嫁できるかのように教える誤った神学を、一刻も早く捨て去るべきであることになります。

人間は自分の魂の庭師のようなものです。魂が叡智と崇高さと美しさを増していく上で必要なものは、大霊がぜんぶ用意してくださっております。材料は揃っているのです。あとは、それをいかに有効に使用するかに掛かっております」
no.8627 ( 夜曲15/12/08 10:44 )


インペレーターの霊言(2012年の黙示録よりコピー)

われわれが知るところの神、そしてそなた(モーゼスのこと)に確信をもって説く神こそ、真実の意味での愛の神――その働きは愛の名を裏切らず、その愛は無限にして、その慈悲はすべての創造物に及び、尽きることを知らない。

いかなる者にも分け隔てせず、すべてに絶対的公正をもって臨む。その神と人間との間には無数の天使が階梯をなして待機し、神の言葉をたずさえ、神の意志を時に応じて啓示する。その天使の働きによって神の慈悲が途切れることなく人類に及ぶのである。
これぞわれわれが説く神――摂理によって顕現し、天使を通じて作用するところの神である。

では、人間についてわれわれはどう説くか。たった一度の改心の叫び声、たった一つの懺悔の言葉、筋の通らぬ恐ろしい教義への忠誠の告白行為一つで、退屈きわまる無活動の天国を買収し、恐ろしい体罰の地獄から逃れることを得るという、その程度の「不滅の魂」なのか。

違う! 断じて違う! 人間は、より高き霊的生活を得るために、ほんのわずかな期間を肉の衣に包まれて地上にいるにすぎない。霊の世界にあっては地上生活でみずから蒔いたタネが実をつけ、みずから育てた作物を刈り取るのである。待ち受けているのは永遠の無活動の天国などという、児戯に類する夢まぼろしのごとき世界ではなく、より価値ある存在を目ざして絶え間なく向上進化を求める活動の世界なのである。その行為と活動の結果を支配するのは、絶対不変の因果律である。善なる行為は魂を向上させ、悪なる行為は魂を堕落させ、進歩を遅らせる。真の幸福とは向上進化、すなわち一歩一歩と神に近づく過程にこそ見出されるのである。神的愛が行動を鼓舞し、互いの祝福の中に魂のよろこびを味わう。ものぐさな怠惰をむさぼる者など一人もいない。より深く、より高い真理への探求心を失う者もいない。人間的情欲・物欲・願望のすべてを肉体とともに捨て去り、純粋さと進歩と愛の生活にいそしむ。これぞ真実の天国である。

地獄――それは、個々人の魂の中を除いて、他のいずこにも存在しない。いまだ浄化も抑制もされない情欲と苦痛に悶え、過ぎし日の悪行の報いとして容赦なく湧き出る魂の激痛にさいなまれる――これぞ地獄である。

その地獄の状態から抜け出る道はただ一つ――たどり来る道を後戻りして、神についての正しき知識を求め、隣人への愛の心を培う以外にはない。罪に対してはそれ相当の罰があることはもとよりであるが、その罰とは、怒りと憎しみに燃えた神の打ち下ろす復讐のムチではない。悪を知りつつ犯した罪悪に対して、苦痛と恥辱の中にあって心の底から悔い改め、罪の償いの方向へ導くための、自然の仕組みにほかならないものであり、お慈悲を乞い、身の毛もよだつドグマへの口先だけの忠誠を誓うような、そんな退嬰的手段によるものではない。

幸福とは、宗教的信条には関わりなく、絶え間ない日々の生活において、理性に適い宗教心に発する行ないをする者なら、誰もが手にすることのできるものである。神の摂理を意識的に侵す者には必ず不幸が訪れるように、正しき理性的判断は、必ずや幸福をもたらす。そこには肉体に宿る人間と肉体を捨てた霊との区別はない。霊的生命の窮極の運命については、われわれも何とも言えぬ。何も知らないのである。

が、現在までに知り得たかぎりにおいて申せば、霊的生命は、肉体に宿る人間もわれわれ霊もともに、同じ神の因果律によって支配され、それを遵守する者は幸福と生きがいとを味わい、それを侵した者は不幸と悔恨への道をたどることになることだけは、間違いなく断言できる。
no.8432 ( やまと15/05/30 05:40 )

コピー終わり。

日本を貶める。
戦後賠償、その後の支援。
そんなものは「知らん!」と言う態度の「時代認識」の連呼。
自国民に説明をせず、反日教育をする。この行為自体が「国家的犯罪」に他ならないのではないか!?

まあ〜反日国家の権力者たちは、

「自分さえよければよい 今さえよければよい お金さえ手に入ればよい」

と言う、安易な考え(もしくは、というかの組織からの恫喝・・・常套手段)により、動いているとしか思えない。それがよいのならば、それでよいと思う。

しかしね、「時代認識」と言う言葉を連呼し、日本に・・・いや、大和民族に国家的カルマを背負わさせているのです。その事は、「原因と結果の法則」では、そっくりそのまま原因創った国に民族に結果が返ってくるのではなかろうか。それも、権力が大きいほど、大きな責任を問われる。
だからこそ、権力者は「肉体の死」を極端に恐れる。自業自得ではあるのだがね。
心ある反日教育を受けた人々よ、あなたたちも民族的カルマ、国のカルマを背負うことになるのですよ。


しかし、日本に蒔かれた「毒麦」は何とかならないのかね!?
いや・・・世界中に蒔かれている「毒麦の種」が芽を吹き出しているようだ!!!

ウッキーペディアより引用

イエス・キリストのたとえ

「また他の譬を示して言ひたまふ『天國は良き種を畑にまく人のごとし。人々の眠れる間に、仇きたりて麥のなかに毒麥を播きて去りぬ。苗はえ出でて實りたるとき、毒麥もあらはる。僕ども來りて家主にいふ「主よ、畑に播きしは良き種ならずや、然るに如何にして毒麥あるか」 主人いふ「仇のなしたるなり」僕ども言ふ「さらば我らが往きて之を拔き集むるを欲するか」主人いふ「いな、恐らくは毒麥を拔き集めんとて、麥をも共に拔かん。兩ながら收穫まで育つに任せよ。收穫のとき我かる者に「まづ毒麥を拔きあつめて、焚くために之を束ね、麥はあつめて我が倉に納れよ」と言はん」』」
                   — マタイによる福音書13:24–30、文語訳聖書

イエス・キリストによる解説
「ここに群衆を去らしめて、家に入りたまふ。弟子たち御許に來りて言ふ『畑の毒麥の譬を我らに解きたまへ』答へて言ひ給ふ『良き種を播く者は人の子なり、畑は世界なり、良き種は天國の子どもなり、毒麥は惡しき者の子どもなり、之を播きし仇は惡魔なり、收穫は世の終なり、刈る者は御使たちなり。されば毒麥の集められて火に焚かるる如く、世の終にも斯くあるべし。人の子その使たちを遣さん。彼ら御國の中より凡ての顛躓となる物と不法をなす者とを集めて、火の爐に投げ入るべし、其處にて哀哭・切齒することあらん。其のとき義人は父の御國にて日のごとく輝かん。耳ある者は聽くべし。」
                   — マタイによる福音書13:36–43、文語訳聖書
引用終わり。

まいったね。
まだまだ、混乱は続くのか!?

暖かかったり、寒くなったりと”異常気象”世界的に続いているようだ。

1月18日
今年初めての雪かき。雪見酒である。無職の特権ですね。

1月19日
変にリアルな夢を見た。

昔の職に復帰している夢。嫌で、半ば意識がさめかけているが、嫌だから、否定的な思いを持っても、ドラマは持続している。何なんだこれは〜!?嫌だと言う意識は自覚できている。映画やテレビのドラマを見るように持続している。
多くの人々の前で、「調子に乗って、能書きをたれている私」を見る。ここで、気が付いたことがある。私の能書きを聞いている人の顔が身に覚えのない顔ばかりだということである。まさか・・・前世でも、こんな人生を送ってきたのか!?冗談じゃないわ!?まったく。
これが、今年になっての初夢になるのか!?ただ、覚えていないだけなのかもしれないがね。
河合隼雄先生の本によると、映画とかテレビのドラマを見るように、自身を自覚しながら見る夢は、日本からの症例報告しかないとのこと。今はどうかわからないがね。そういえば、旅をしている時も、このような第三者的な意識で見ている夢がある。
さてさて・・・です。

1月23日
朝、下宿前でえさを置いている。
雀たちが餌をついばんでいる。その雀の中に、白っぽい鳥がいるのを見る。大きさはすずめと同じ、だが、首の周りの白い所が大きく、頭のほうにも広がっている。そして、羽にも白い筋が見られる。雀の中にいると目立つ。別の種の鳥か!?それとも・・・「放射能による、突然変異か!?」

「こら〜妄想狂のやまと!自分の無知をひけらかすな!」と、お叱りを受けそうである。しばらく観察。

1月26日
午前0時過ぎ。
突然、変な感覚に襲われた。女の人が轢かれたような悲鳴に似た声と走り去る車の音。ブレーキの音はわからない。(ないと思う)49号線のほうに行って窓をあけても、それらしきものはない。反対側のほうも異常はないようだ。車が普通に走っている。

何なんだ〜この感覚は!?

朝も、そのような事故の話はない。にゃんこのことを考えていたからか〜!?もで、かわいがっていた猫は、ほかの人にかわいがってもらっている。わからん。

また、寝てから変にリアルな夢を見た。
反日の夢。反日の国に行き、言いがかりの罠にはまり逮捕される。ばかばかしいからメモをやめた。

2月2日
白っぽい雀!?をまた見た。

2月3日
節分。
福は〜内 鬼は〜外・・・・って、本当か!?
お多福 般若 ・・・・ 女性の特性。
魂・・・・ 「鬼」という字が入っている。(日本ならでは)
鬼・・・人が抵抗できない力の象徴・・・自然の力・・・恵みと破壊をもたらす自然の力。
改竄か!?

私は、「幻の桜」の、MAHAOさんが指摘している説に魅力を感じる。

   「  福は〜内   鬼も〜内  」

とね。
自然と共に生きてきた大和(倭)の民。色々な思想が入り込み、支配に適した話に改竄される。よくあることです。だからこそ、一人ひとりが、今までに刷り込まれてきた常識、知識、教義を横に置く、自身の脳みそを自身で使い、考え、感じ、判断できるようにならなければならないのではなかろうか!?


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中年競馬夜曲 やっぱり半端にいつもどうもありがとうございます。 (16/02/12 20:18)


 ■ 2016/01/15 (金) 日々雑感


今日15日。

朝起きると、車の上や屋根に雪が積もっていた。今まで、まとまった雪がない。ニュースでも、スキー場が困っているようだ。

「温暖化」と、一括りでまとめられている。ほんとうか〜!?
2010年におきたメキシコ湾の原油流出事故(自作自演のテロ!?)で、メキシコ湾流の流れが停滞した。メキシコ湾流が停滞するということは、大西洋全体に影響をする。そして、海流と密接な関係にある”気流”に影響し、気流の流れを変える。現在、降雨地区に大きな変化が起きている。

今まであまり降らなかった地域に豪雨があり、今まで雨が多かった地域に雨が降らなくなっている。

以前にもメモしたが、この状態は、それぞれの動物・植生環境の激変だけではなく、地下水脈の流れ、そして、最も大きいのが、「土壌の重量の激変」である。プレートにかかる重量の激変である。

気流・海流の流れの変化は、ドミノ倒しのごとく、安定するまでとまることがない。アメリカの映画「the day after tomorrow」の中で、説明がなされていた。

さてさて・・・。

なんか・・・頭の中の妄想が混乱してきた。
しかし、旅に出る時には、ここまで生きているとは思わなかった。

2016年。
2+0+1+6=9 
9は完成数。ひとつのサイクルの最後の数字。

55歳
今年で55歳になる。
5+5=10=1
1はサイクルの始まりの数字。

私にとって、今年は新たなサイクルを迎える年になるのではなかろうか。
肉体を脱ぎ捨てて、新たな世界へ旅立つ事が出来るか!?
それとも、この不愉快な物質界で、新たな舞台が始まるか!?

さてさて・・・です。

ニュースを聞いていると、何かおかしな動きがおき始めているように感じる。
浮かび上がる妄想ままにメモしていきたい。
あくまで妄想ですし、時代背景、民度(民衆の意識度)、インターネット等の情報共有ツールなどの影響から、現代の動きに即したものではないことをあらかじめお断りしておきます。

安倍総理は、海外では国際法の遵守を訴えてはいるが、国内では数の力で、安保法案を強行採決した。
政治家にとって、「民意」とは、選挙の時だけしか意味を成さないようだ。その選挙すら色々と黒い噂が流されいる。
また、何枚も舌を持ち、使い分けが出来ないと政治家としてやってはゆけない。


○  一億総活躍社会   ⇔   国家総動員法

厚生労働省のホームページより引用(首相官邸のサイトではファイル化されている)

一億総活躍社会の実現に向けて

 厚生労働省では、少子高齢化の流れに歯止めをかけ、誰もが活躍できる「一億総活躍社会」を創り上げるため、平成27年10月16日に「厚生労働省一億総活躍社会実現本部」を設置しました。 同実現本部では、国民一人ひとり、子どもや高齢者も含めた誰もが、家庭で、職場で、地域で、活躍する場所があり、将来の夢や希望に向けて取り組む社会を実現するための「新・三本の矢」の施策を検討することとしています。

ウッキーペデアより引用

国家総動員法

国家総動員法(こっかそうどういんほう)は、1938年(昭和13年)第1次近衛内閣によって第73議会に提出され、制定された法律。総力戦遂行のため国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できる(総動員)旨を規定したもの。1945年の敗戦によって名目を失い、同年12月20日に公布された国家総動員法及戦時緊急措置法廃止法律(昭和20年法律第44号)に基づいて1946年4月1日をもって廃止された。


○  平和憲法改正論議   ⇔   ナチスによるヴァイマル憲法改正

ウッキーペデアより引用

平和憲法改正論議

・・・略。(詳しくは、各自で調べ、お考えいただきたい)

憲法規範の性格[編集]

トーマス・ジェファーソンによれば、政府とは信用してはならないものであり、憲法とは国家の暴走・国民に対する横暴を抑えるためのものである[51]。またフランス人権宣言曰く、「権利の保障が確保されず,権力の分立が定められていないすべての社会は,憲法を有しない」(第16条)。こういった考え方がある一方で、諸国の憲法は歴史的にも国民の諸義務を明示するのが趨勢であり、消極国家観にのみもとづかない憲法観も存在している(→近代的立憲主義の現代的変容)。2012年自民党改憲案は国民に対し憲法の擁護を義務付けている(第99条)。

公益及び公の秩序[編集]

日本国憲法12条・13条・29条は、国民の生命・自由・財産権・幸福追求といった日本国憲法の柱である基本的人権の尊重が保障されている条項であり、この条項の人権制限条件である「公共の福祉」の法解釈に論争があった。

詳細は「公共の福祉」を参照

現在の通説(一元的内在制約説)において、人権相互の矛盾衝突を調整するために認められる衡平の原理のこととされている。この条文が2012年自民党憲法改正草案において「公益及び公の秩序に反しない限り」に差し替えられている事に対する論議。
自民党憲法調査会の趣旨説明としては戦後導入された「個人主義」が(国民に)正しく理解されず利己主義に変じて家族と共同体の破壊につながっているので、そのように変更したい」という説明である。
一方、弁護士9条の会は、自民党草案を(大日本帝国憲法・全体主義国憲法と同じ)『外在制約』型人権条項とみなし、「憲法12条・13条自民党案は、時の為政者により「公益」「公の秩序」と判断された基準により(国民の生命・身体や言論の自由等の基本的)人権の制約することを可能とするものである。」、「自民党12条、13条改正案の文面置き換えは『これが可決されると、政治家が公益・公秩序名目で勝手に国民の人権を制限する事が可能になり、近代民主政の基盤の立憲制が根底から覆りかねない』内容を含んでいる」と主張している[52]。
・・・略。

ナチス・ドイツ期のヴァイマル憲法

・・・略。(詳しくは、各自で調べ、お考えいただきたい)

ヒトラー内閣成立後間もない2月22日、国会議事堂放火事件が発生した。 ヒトラーはヒンデンブルクに迫って民族と国家防衛のための大統領令(ドイツ語版)とドイツ国民への裏切りと反逆的策動に対する大統領令(ドイツ語版)の二つの大統領令(ドイツ国会火災規則(ドイツ語版))を発出させた。これにより、ヴァイマル憲法が規定していた基本的人権に関する114、115、117、118、123、124、153の各条は停止された。ヒトラーとナチ党はこの大統領令を利用し、反対派政党議員の逮捕、そして他党への強迫材料とした。また地方政府をクーデターで倒し、各州政府はナチ党の手に落ちていった。この時点で他の政党には、ナチ党の暴力支配に抵抗できる術はなくなった[7]。

この状況下で制定されたのが『全権委任法』である。ヒトラーは憲法改正立法である全権委任法の制定理由を「新たな憲法体制」(Verfassung)を作るためと説明した[8]。この法律自体ではヴァイマル憲法自体の存廃、あるいは条文の追加・削除自体は定義されなかったものの、政府に憲法に違背する権限を与える内容であった。当時の法学者カール・シュミットはこの立法によって憲法違反や新憲法制定を含む無制限の権限が与えられたと解釈している[9]。こうして事実上ヴァイマル憲法による憲法体制は崩壊した。

しかし、憲法停止が公式に宣言されたことはなく、また1934年2月3日の『ラント直接官吏の任免に関する大統領令』が憲法第46条を根拠としていたように[10]、その後もヴァイマル憲法を根拠とした法令はいくつか発出されている。
1934年1月30日の『ライヒ新構成法(ドイツ語版)』第四条には「ライヒ政府は新憲法を制定できる」という条文が制定されている。同法では制度の改廃に当たっては憲法改正手続きが不可欠とされていた第二院(ライヒスラート)の廃止が決定されており、政府が憲法制定行為を手続き無しに行うことが可能になった[11]。以降行われた『国家元首に関する法律(ドイツ語版)』による大統領職と首相職の統合ならびにヒトラー個人への大統領権限委譲も、この『ライヒ新構成法』第四条を根拠としており[12]、ヒトラーは『国家元首に関する法律』の執行布告において、自らの任命が憲法上有効であると言及している[13]。

これ以降、ヒトラーは自らの命令根拠が成文法にあるとは言及しなくなった[14]。ナチス・ドイツ期において憲法は明文化されたものではなく、「民族の種に根ざして形成される共同体の生」、つまり「民族共同体」こそが憲法とされ[15]、実際の統治に当たっては、「民族共同体の意志」を体現する総統による指導(指導者原理)が行われることとなっていた[16]。すなわちナチス・ドイツ時代の「憲法体制」とは、アドルフ・ヒトラーの人格を介したナチズム運動と国家との結合という前例のない体制であった[17]。
・・・略。

○  和製ヒットラーの製造  ⇔  ナチスでヒットラーの台頭

ここからが、妄想の妄想たる所以です。

かの組織は、日本で和製のヒットラーを作ろうとしているのではなかろうか!?
マスゴミの異名を取る諜報機関を使い、和製ヒットラーを持ち上げて「英雄」扱いをし、政界に送り込む。既存の政治家は、和製ヒットラーの後ろの存在に恐れをなし、和製ヒットラーの参加に下る。

薬付け、自虐思想付けになっている大和の民。

「権威」に弱く、「和」の精神を好む大和の民。その負の側面を十分に研究されているだけに、売り出し方などは十分経験をつんでいる。
子供のようにあどけない大和の民は、ほいほいと流される。(そんな人ばかりではないがね)
しかし、体勢には逆らえない。
どんなに、これは違う!と、叫んでも、負け犬の遠吠えにしか過ぎない。

昔、読んだ漫画を思い出した。
本宮ひろし 作 「大ぼら一代」

うろ覚えながら・・・。

主人公は丹波太郎字。
丹波財閥の当主の妾の子。
仲間に誘われ、「大ぼら同盟」に参加。リーダーとなる。

・・・略・・・

学生運動家のカリスマリーダーを担ぎ上げ、政治家とさせる。
そのカリスマリーダーがとんだ食わせ者で、

・ 運動家時代に培った組織つくりのノウハウで、組織をつくり
・ 生まれ持った容姿、学生運動で鍛えた弁舌(人格的魅力、迫力)
・ 権力欲
・ 強引ともいえる手法を駆使できる、意思の強さ

で、次第に成り上がり、大派閥の総裁となる。
そして、日本国首相になり、独裁者となる。丹波太郎字たちは、日本を二分する内戦と突入する。

・・・以下略。

さてさて・・・。
かの組織が作り上げる和製のヒットラーは、日本を二分する内戦で済むような代物ではないのではないか。

「ハルマゲドン」
世界最終戦争の引き金を作り、日本に責任転嫁するシナリオではないかと妄想している。

しかしね、この物質世界を取り巻く大きな世界。
より高次の世界の意図。
お釈迦様の手のひらで走り回る孫悟空の動きを示すだけではなかろうか!?

私的妄想では、次世代の遺伝子的ハイブリッドの身体は出来ているのではなかろうかと思う。

Y染色体の矮小化に伴う人類存続の危機。
それに加え、性同一障害その他の、異性、結婚に興味を示さない草食男子の増加・・・等々、人類の意識の障害が顕著になってきている。
それだけではなく、”裸の王様”気分で、いいたい放題、やりたい放題の国際社会。
白けた気分の一般民衆。

これだけ揃えば十分ではないか!?

まあ〜日本の内情を隙間見ただけのものだがね。

しかし、漫画家、作家の職に付く人々は、”予知能力”などを、本人が意図するしないにかかわらず、持っているのではなかろうか!?
また、長く想像性環境に身を置く事により、そのような能力が開花するのではなかろうか!?私にはそう思えてならない。

世界に冠たる漫画の文化。
奥が深いと思わざるを得ないね。

「維新」については、出来れば後刻か、後日記す。


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中年競馬夜曲 半端にいつもどうもありがとうござる、by天の波動より。 (16/01/16 06:53)


 ■ 2016/01/09 (土) 世相


色々と動きが出てきましたね。

世界的な株価の下落。

フランスのパリでの連続テロ事件。


サウジアラビアとイランの断交。

北朝鮮の水爆実験。

日本では、沖縄の米軍基地移転問題。当事者のアメリカは日本の国内問題としてそっぽを向いている。(お得意の責任転嫁)アメリカにとって、日本は独立国じゃないからね。植民地。
しかし、北朝鮮の動きから、在日米軍の存在価値が上がる。北朝鮮の動きから、「恐怖と不安」を煽りながらね。

また、憲法改正の動きも活発化することでしょうね。
以前、麻生さんが失言の形を取って警鐘を鳴らしてくださった「ドイツのヴァイマル憲法」のナチスによる改憲方法。

ウッキーペデアより引用

ヴァイマル憲法(ヴァイマルけんぽう、独:Weimarer Verfassung)は、第一次世界大戦敗北を契機として勃発したドイツ革命によって、帝政ドイツが崩壊した後に制定されたドイツ国の共和制憲法である。憲法典に記されている公式名はドイツ国憲法(独:Die Verfassung des Deutschen Reichs)。1919年8月11日制定、8月14日公布・施行。

ドイツの憲法は、フランクフルト憲法やボン基本法のように、その憲法が制定された都市の名をつけて通称とする慣例があり、ヴァイマル憲法も憲法制定議会が開催された都市ヴァイマルの名に由来する通称である。英語読みからワイマール憲法と表記される場合も多い。

ナチ党の権力掌握によって「憲法変更的立法」である全権委任法が成立すると、ヴァイマル憲法は事実上停止状態となった。その後、ドイツの敗戦を経て全権委任法と関連法令が無効化され、1949年のドイツ連邦共和国基本法(ボン基本法)とドイツ民主共和国憲法の制定によって東西ドイツの新たな憲法体制がスタートした。

引用終わり。

色々な動きが、ひとつの世界に向かって収束しだしているようだ。
日々の生活しか目に入らない人々。そんな動きは政治家任せ、人任せ。しかし、その日々の生活自体が破壊されようとしている動きに気づくべき時に来ているのではなかろうか。


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 ■ 2016/01/08 (金) 直角が最適!?



管理人さん、皆さん

    あけまして、おめでとうございます。
    本年も、よろしくお願いいたします。


昨年の年末に、「ポール・シフト」という言葉が浮かび、気になりだした。
いつも暇しているから、少し妄想してみた。

もし、地球がゴロンと回転したならば、地球にとって、そして、新たな学びの環境を整えるのに、どのくらい回転すればよいのかを妄想してみた。

一番効果的な角度・・・それは、やはり90度ではなかろうか!?

90度回転すると、南極と北極が赤道付近に来る。
そうなると、北極の氷は解けて海洋になる。
南極の氷が解けて、南極大陸が顔を出すことになる。この南極大陸が出現することが重要ではなかろうかと思う。
南極大陸を覆っていた氷が解ける。すると、巨大な重量(重石)がなくなり、南極大陸は浮上するのではなかろうか。南極大陸が浮上することにより、南極大陸が乗っかっているプレートが浮上し、周囲のプレートを引っ張ることとなる。

ウッキーペデアより引用。

プレートテクトニクス

プレートテクトニクス(英: plate tectonics)は、プレート理論ともいい、1960年代後半以降に発展した地球科学の学説。地球の表面が、右図に示したような何枚かの固い岩盤(「プレート」と呼ぶ)で構成されており、このプレートが、海溝に沈み込む事が重みが移動する主な力になり、対流するマントルに乗って互いに動いていると説明される。

地球は、半径約6,500キロメートルであるが、その内部構造を物質的に分類すると、外から順に下記のようになる。
深さ約10 - 30キロメートルまで : 地殻
深さ約670キロメートルまで : 上部マントル - 最上層、低速度層(アセノスフェア、岩流圏)、遷移層
深さ約2,900キロメートルまで : 下部マントル - メソスフェア(固い岩石の層)
深さ約5,100キロメートルまで : 外核(外部コア)
中心 : 内核(内部コア)

地殻とマントルは岩石で構成されており、核は金属質である。マントルを構成する岩石は、地震波に対しては固体として振舞うが、長い時間単位で見れば流動性を有する。その流動性は、深さによって著しく変化し、上部マントルの最上部(深さ約100キロメートルまで)は固くてほとんど流れず、約100 - 400キロメートルまでの間は比較的流動性がある。地殻と上部マントル上端の固い部分を合わせてリソスフェア(岩石圏)と呼び、その下の流動性のある部分をアセノスフェア(岩流圏)と呼んで分類する。この厚さ約100キロメートルの固いリソスフェアが地表を覆っているわけであるが、リソスフェアはいくつかの「プレート」という巨大な板に分かれている。

地球表面が2種類のプレート群からなっていることは、地球表面の高度や深度の分布の割合にもあらわれている。地球表面は、大陸と大陸棚からなる高度1,500メートル - 深度500メートルの部分と、深度2,000 - 6,000メートルの海洋底と呼ばれる部分が多く、その中間である深度500 - 2,000メートルの海底は割合が少なくなっている。
プレートは大きく見ると十数枚に分けることができ、それぞれ固有の方向へ年に数センチメートルの速さで動かされることになる。・・・以下略。

引用終わり。

ある人々は、地球の内部は空洞化しているということも言われるが、ここでは省略する。

南極大陸を載せているプレートが急激に動くことにより、地球規模の大地殻変動が起きる。この変動は、地上世界だけではなく、海底世界を含む、全地球表面に及ぶ。
そして、一度気候の大変動が起きると、安定するまで止まらない。現在の異常気象どころではない。

(異常気象を温暖化にマスクされているが、2010年のBP社のメキシコ湾原油流出事故(自作自演テロ!?)・・・BP社のCEOが高値のうちに売り抜け、暴落してから買い戻した。この事が出来るのは、事故!?がおきる事を知っていた事!・・・この事は一切触れない。大西洋の海流が停滞する事態になった。海流の異常は大気の流れに直接影響を与える。大気の対流が変化するということです。そして、海流、大気の対流の変化はドミノ倒しのように止まらない)

南極大陸の浮上により、プレートの大激変が置き、ポール・シフト時の巨大津波の後に、巨大地震、津波、火山活動、造山現象、沈没する地域と、地球表面の大激変が起きる。
宗教学的に見れば、「天地創造」である。
地球周辺を回っている人工衛星も、地上に落下してくることでしょう。あたかも星が落ちてくるようにね。

ウッキーペデアより引用

天地創造

・・・略。
旧約聖書学では、創世記の記述内容としての「天地創造が起こった年代」は果たしていつだったのかについての推定が繰り返されてきた。
ただし前提として、批評的な旧約聖書学では、天地創造物語は信仰書であり、信じている内容を記述しているという事は、批評的な全ての学者が認めており、もはや「実際に・事実として、いつ起こったことか、どうか」は、研究・議論されていない。ただし、「当時の人々がいつ起こったと考えていたのか?それはどういう信仰・根拠だったのか?」などは研究されている。
正教会では西暦で言うところの紀元前5508年のことだとしており、これを元年とした「世界創造紀元」を用いていた。
1654年に、英国国教会のアイルランド大主教ジェームズ・アッシャーとケンブリッジ大学副総長ジョン・ライトフット(英語版)が聖書の記述から逆算し、天地創造は西暦の紀元前4004年10月18日〜24日にかけて起こり、アダム創造は紀元前4004年10月23日午前9時と算出し、長らくキリスト教圏ではこの年代が信じられてきた(旧約聖書のモーセ五書に登場する族長全員の寿命を加算して算出したもの)。 その他にも天地創造の年代には諸説ある。

引用終わり。

このような状況において、地球上の生物はどうなるか!?
言わずと知れて、絶滅です。
一部の権力者、裕福な人たちは、地下避難施設を各地に造っているようです。しかし、プレート自態の変動が起きると、地殻の巨大な圧力に耐えられるのでしょうか!?意図的に起こしたハルマゲドン(最終戦争)時の一時的な避難を考えているのではなかろうか。現在の地表面の地殻の調査だけで、丈夫な岩盤を選び造っているだけと思えてならない。恒久的な使用に耐えられるならば・・・マトリックスの世界ですね。

ここで気になるのが、ベルギーのブルッセルの地下都市伝説です。この話が本当ならば、奇跡的に残った前文明社会の子孫ということになる。まあ〜これも置いとこう。

しかし、地球は地球の役割がある。
人類の進化、学習、修行・・・そして、新たな肉体の創造という貴重な役割がね。

一部の人たちは、地球は優良星となる。と、言っている。そうなると、地球に変わる学びの場が新たに創られた・・・と、言うことになる。これも置いとこう。

現在の地球が継続して、学びの場であり、修行の場であり、新たな肉体の製造の場であるとするならば、次の世界の「種人」はどこに避難するのか!?

その前に、現在の肉体の衰弱について・・・。

ウッキーペデアより引用。

Y染色体の矮小化

・・・略。

Y染色体が男性のみに1本単独で存在するため、突然変異などで遺伝情報を失い、形態的にも小型化する傾向にあるのはヒトも例外ではないが、Y染色体自体を失っても雌雄の性別が保たれている種も存在しており、Y染色体の消失が即ち性別や種の存続に関わるかは別の問題である。現在、Y染色体の遺伝情報を修復するためにサイトカイニン水溶液などの薬物を精子に添加する(種無し植物の要領)など、方法がいくつか検討されているが、「失敗した時のリスクが大きすぎる。」という意見と、「人類の存続には犠牲はやむを得ない。」という意見とが対立している状況にある。

引用終わり。

Y染色体は徐々に小さくなってきているのです。将来的には、「男性(オス)」という生物は・・・!?

さて、「種人」の戻る。
「種人」はどこに避難するのか!?当然、「種人」は新たな世界の担い手である、「新人類」である。ヒットラーの予言にもあるように、「新人類」が誕生する可能性がある。というより、その製造過程にあると思える。

では、「種人」はどこに避難するのか!?
ヒントが、昔話「浦島太郎」にある。

福娘童話集より引用。

むかしむかし、ある村に、心のやさしい浦島太郎(うらしまたろう)という若者がいました。 

浦島(うらしま)さんが海辺を通りかかると、子どもたちが大きなカメを捕まえていました。 そばによって見てみると、子どもたちがみんなでカメをいじめています。

「おやおや、かわいそうに、逃がしておやりよ」
「いやだよ。おらたちが、やっと捕まえたんだもの。どうしようと、おらたちの勝手だろ」

 見るとカメは涙をハラハラとこぼしながら、浦島さんを見つめています。 浦島さんはお金を取り出すと、子どもたちに差し出して言いました。

「それでは、このお金をあげるから、おじさんにカメを売っておくれ」
「うん、それならいいよ」

 こうして浦島さんは、子どもたちからカメを受け取ると、

「大丈夫かい? もう、捕まるんじゃないよ」と、カメをそっと、海の中へ逃がしてやりました。
 さて、それから二、三日たったある日の事、浦島さんが海に出かけて魚を釣っていると、「・・・浦島さん、・・・浦島さん」と、誰かが呼ぶ声がします。
「おや? 誰が呼んでいるのだろう?」
「わたしですよ」 すると海の上に、ひょっこりとカメが頭を出して言いました。
「このあいだは助けていただいて、ありがとうございました」
「ああ、あの時のカメさん」
「はい、おかげで命が助かりました。
ところで浦島さんは、竜宮(りゅうぐう)へ行った事がありますか?」
「竜宮? さあ? 竜宮って、どこにあるんだい?」
「海の底です」
「えっ? 海の底へなんか、行けるのかい?」
「はい。わたしがお連れしましょう。さあ、背中へ乗ってください」 カメは浦島さんを背中に乗せて、海の中をずんずんともぐっていきました。

 海の中にはまっ青な光が差し込み、コンブがユラユラとゆれ、赤やピンクのサンゴの林がどこまでも続いています。
「わあ、きれいだな」 浦島さんがウットリしていると、やがて立派なご殿(てん)へ着きました。「着きましたよ。このご殿が竜宮です。さあ、こちらへ」 カメに案内されるまま進んでいくと、この竜宮の主人の美しい乙姫(おとひめ)さまが、色とりどりの魚たちと一緒に浦島さんを出迎えてくれました。

「ようこそ、浦島さん。わたしは、この竜宮の主人の乙姫です。このあいだはカメを助けてくださって、ありがとうございます。お礼に、竜宮をご案内します。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
 浦島さんは、竜宮の広間ヘ案内されました。 浦島さんが用意された席に座ると、魚たちが次から次へと素晴らしいごちそうを運んできます。 ふんわりと気持ちのよい音楽が流れて、タイやヒラメやクラゲたちの、それは見事な踊りが続きます。 ここはまるで、天国のようです。

 そして、「もう一日、いてください。もう一日、いてください」と、乙姫さまに言われるまま竜宮で過ごすうちに、三年の月日がたってしまいました。 ある時、浦島さんは、はっと思い出しました。(家族や友だちは、どうしているだろう?) そこで浦島さんは、乙姫さまに言いました。
「乙姫さま、今までありがとうございます。ですが、もうそろそろ家へ帰らせていただきます」
「帰られるのですか? よろしければ、このままここで暮しては」
「いいえ、わたしの帰りを待つ者もおりますので」

 すると乙姫さまは、さびしそうに言いました。
「・・・そうですか。それはおなごりおしいです。では、おみやげに玉手箱(たまてばこ)を差し上げましょう」
「玉手箱?」
「はい。この中には、浦島さんが竜宮で過ごされた『時』が入っております。
 これを開けずに持っている限り、浦島さんは年を取りません。 ずーっと、今の若い姿のままでいられます。 ですが一度開けてしまうと、今までの『時』が戻ってしまいますので、決して開けてはなりませんよ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」 乙姫さまと別れた浦島さんは、またカメに送られて地上へ帰りました。

 地上にもどった浦島さんは、まわりを見回してびっくり。

「おや? わずか三年で、ずいぶんと様子が変わったな」

 確かにここは浦島さんが釣りをしていた場所ですが、何だか様子が違います。 浦島さんの家はどこにも見あたりませんし、出会う人も知らない人ばかりです。
「わたしの家は、どうなったのだろう? みんなはどこかへ、引っ越したのだろうか? ・・・あの、すみません。浦島の家を知りませんか?」
 浦島さんが一人の老人に尋ねてみると、老人は少し首をかしげて言いました。
「浦島? ・・・ああ、確か浦島という人なら七百年ほど前に海へ出たきりで、帰らないそうですよ」
「えっ!?」
 老人の話しを聞いて、浦島さんはびっくり。 竜宮の三年は、この世の七百年にあたるのでしょうか?
「家族も友だちも、みんな死んでしまったのか・・・」 がっくりと肩を落とした浦島さんは、ふと、持っていた玉手箱を見つめました。
「そう言えば、乙姫さまは言っていたな。 この玉手箱を開けると、『時』が戻ってしまうと。 ・・・もしかしてこれを開けると、自分が暮らしていた時に戻るのでは」

 そう思った浦島さんは、開けてはいけないと言われていた玉手箱を開けてしまいました。

モクモクモク・・・。 すると中から、まっ白のけむりが出てきました。
「おおっ、これは」
 けむりの中に、竜宮や美しい乙姫さまの姿がうつりました。 そして楽しかった竜宮での三年が、次から次へとうつし出されます。
「ああ、わたしは、竜宮へ戻ってきたんだ」
 浦島さんは、喜びました。 でも玉手箱から出てきたけむりは次第に薄れていき、その場に残ったのは髪の毛もひげもまっ白の、ヨポヨポのおじいさんになった浦島さんだったのです。

引用終わり。

竜宮城で3年を過ごし、地上に帰ってみると、地上世界は700年が過ぎているということです。時の流れが異なる。
このような話は世界中にあるのではなかろうか!?
異次元世界に避難させられた「種人」達は、しばらくの間は異次元の世界ですごし、地球が新たな学びの世界になってから戻される。

ここで気がつくことは、異次元に避難させられても「記憶」は元のままということです。

「種人」達の記憶はそのまま。
しかし、地上世界はすっかり掃除されて、新たな場になっている。人類以外の生物たちも、人類がいない間に移植されているでしょう。人類がいないから、調和を保った世界を築いている事だと妄想できる。

さて・・・「種人」達は、そのような状況でおっぽり出されるのでしょうか!?
ポピの予言にもあるが、自然等の共生がうたわれている。しかし、そのままほっぽり出されるということはないでしょう。

ここで、レムリア、ムー、アトランテスなどの伝説・・・そして竹内文書などの内容が参考になる。
現代の知識、技術を持つ「種人」達に、ある程度の技術指導、提供がなされるものと思う。が、それも第一世代、第二世代までが有用に活用できるのではなかろうか!?
地球の役目を考えると、第三世代くらいから、多くのカルマを背負った魂が転生をしてくる。そして、争そいが起こり始めるのではなかろうか。
役目を果たした第一世代、第二世界の魂は高次の世界へと還ってゆく。
学びの世界は、第三世代以降の人類が担うこととなる。

一時的に繁栄をしても、色々な意図が交錯する地球世界。
人類の織り成すカルマの世界。
地球外知的生命体が地球に干渉し織り成す世界。
この宇宙を包含する高次の世界の意図。

第一世界の「種人」達は記憶を持ったまま。
各種の知識、技術、そして・・・信仰。

そしてサイクルは繰り返される。


「re・cyborg 009」
00ナンバーのサイボーグ達。
彼らの“正義”の為に、彼らは自己犠牲を厭わず動く。
そして、その意識の故に、文明は温存される。”神”なる存在の意思でね。

正邪。
人間的な感覚で錯覚を起こしているだけではないか!?

タルムード。
人間的な感覚!?で、自己解釈したのかもしれないが、このことも、流れに沿った流れ・・・かもしれない。

何が正しくて、何がそうでないのかを、今の時期、人其々が、今まで刷り込まれてきた歪められた常識、知識、教義を横に置き、誰一人として例外もなく持っている理性を、唯一の判断基準となし、自身の脳みそを自身で使い”考え、感じ、判断”出来る様にならなければならないのではなかろうか。
非常に厳しい事ですが,その事が、其々にとって非常に大切なことではなかろうか。

意識の自立。
この事が、これまでの幼児性意識からの離脱ではなかろうか。自立した意識の人間としてね。そして、自立には「責任」が伴うこともね。


今、私が身を置いている世界は、日本が世界に発信しているアニメの世界、私的には、「機動戦士 ガンダム SEED そして DEST|INY」の世界ですね。

日本のアニメは、人が言葉に出せない事を表している。
そして、世界の子供たちが共感するのは、その想いに共鳴しているからだと想う。

この妄想日記を読まれている方は、一人ひとりが置かれた立場、環境において、よくよくお考えいただきたい。


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 ■ 2015/12/18 (金) 閑話休題


ウッキーペデアより引用。

五芒星(ごぼうせい、英: pentagram)または五芒星形・五角星形・五線星型・星型五角形・正5/2角形は、互いに交差する、長さの等しい5本の線分から構成される図形で星型正多角形の一種である。正五角形に内接し、対称的である。一筆書きが可能。五紡星と誤記されることがある。
5つの要素を並列的に図案化できる図形として、洋の東西を問わず使われてきた。世界中で魔術の記号とされ守護に用いることもあれば、上下を逆向きにして悪魔の象徴になることもある。悪魔の象徴としてとらえる際には、デビルスターと呼ばれることもある。また、外側の5つの三角形が星の光彩を連想させることから、星を表す記号としてよく用いられる。
内側に生じる小さな正五角形を取り除いた形(☆:五光星[要出典])もしばしば五芒星と呼ばれることがある。また、この「五光星」には「五稜星」(ごりょうせい)という別名もある。
引用終わり

平安時代の陰陽師である安倍清明。
この安倍清明家の家紋が「五芒星」と言う。

ウッキーペデアより引用。

日本の平安時代の陰陽師、安倍晴明は五行の象徴として、五芒星の紋を用いた。「安倍晴明判(あべのせいめいばん)」や「晴明九字(せいめいくじ)」とも言い、キキョウの花を図
案化した桔梗紋の変形として、「晴明桔梗(せいめいききょう)」とも言う。

陰陽道と安倍晴明の桔梗印[編集]
五芒星は、陰陽道では魔除けの呪符として伝えられている。印にこめられたその意味は、陰陽道の基本概念となった陰陽五行説、木・火・土・金・水の5つの元素の働きの相克を表したものであり、五芒星はあらゆる魔除けの呪符として重宝された。
日本の平安時代の陰陽師、安倍晴明は五行の象徴として、五芒星の紋を用いた。「安倍晴明判(あべのせいめいばん)」や「晴明九字(せいめいくじ)」とも言い、キキョウの花を図案化した桔梗紋の変形として、「晴明桔梗(せいめいききょう)」とも言う。家紋として現在使用されているものの多くは、桔梗紋の清明桔梗と見られ、現在も晴明神社の神紋などに見ることができる(セーマンドーマンも参照)。
引用終わり。

五稜郭

ウッキーペデアより引用

1854年(安政元年)3月、日米和親条約の締結により箱館開港が決定すると、江戸幕府は松前藩領であった箱館周辺を上知し、同年6月に箱館奉行を再置した[9]。箱館奉行所は前幕領時代(1802年-1807年)と同じ基坂(当時は松前藩の箱館奉行詰役所があった[10])に置かれた。初代奉行の竹内保徳は松前藩の建物を増改築して引き続き使用する方針を示したが、続いて奉行に任命された堀利煕は、同所は箱館湾内から至近かつ遮るものがなく、加えて外国人の遊歩区域内である箱館山に登れば奉行所を見下ろせることから防御に適さず、亀田方面への移転が必要であると上申。そして竹内・堀は江戸に戻ると、当時の大砲では箱館湾からの射程外である、鍛冶村中道に「御役所四方土塁」を築いて奉行所を移転する意見書を老中・阿部正弘に出した。これが幕閣に受理され、五稜郭の建設が決定した[10]。

ペンタゴン

ペンタゴン建設以前、前身である陸軍省の建物は、ナショナル・モールの側にあった。それは、第一次世界大戦中に建てられたものであった。1941年9月11日より、レズリー・グローヴス(後にマンハッタン計画も指揮)率いる陸軍工兵隊により建設が開始された。必要とされる砂利などは62万トン以上に及んだが、ポトマック川からの浚渫などにより確保された。なお、鉄筋は戦時中だったこともあり、多くは使用されていない。完成は1943年1月15日のことである。建設が急がれたためか、後の改装工事の際には建設時に埋まったダンプカーが発見されている。

引用終わり。

戦国時代の不思議。

「不況対策!個人でも有効な方法」サイトより引用。

徳川美術館にある「長篠合戦図屏風」です。(他に長篠合戦図屏風は現在、大阪城天守閣のものなど八つの存在が確認されています。)

それは、

戦場に似つかわしいとは思えない、真っ白な装束です。
しかも、その背中には、紛れもない、「六芒星=通称:ダビデの星(下記)」があるのです。
引用終わり。


さて・・・!?

「日ユ同祖論」がある。

「竹之内文書」と言うものも残されている。

高坂和導著の「図解 竹之内文書」では、倭民族は「日人」と呼ばれ、他の種族と区別されていた。
他の種族とは・・・!?
五色人と呼ばれる、”白色人” ”黒色人” ”黄色人” ”赤色人” ”青色人”。
五色人は、クローン技術により創られたらしい。誰に・・・!?
まあ〜ここに、妄想たる妄想になるのだがね。

物質界。
この世界を取り巻く、幾重にも連なるより大きな世界。

ならば・・・この世界はどのような目的で創られ、保持されているのか!?

妄想が爆走しそうなテーマです。
学校で学んだことを全否定しそうなものです。(爆


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夜曲 僕の声で言うと難しくてよくわかりません、が、面白そうなテーマです、どうもありがとうございます、うふふ・・・。 (15/12/19 16:51)


 ■ 2015/12/18 (金) 「医学的侵襲的治療を何もしない」ことも選択肢の一つ


安倍内閣は医療費削減を提唱している。

では、日本に於けるがん患者の状況はどのようなものなのか!?

日本における薬物の使用状況、特に、抗生物質の使用状況はどのようなものなのか!?

を、ちょっと妄想してみたい。

多くの病気があり、多くの薬剤が使用されている。
一月分の薬をもらい(実際はお金で買い)、捨てている、飲まないということもいわれる現状をどのように見るかもある。
今回は「癌」に関して妄想してみようと思う。

・ 厚生労働省のホームページより引用。(抜粋)
興味ある方は、厚生労働省のホームページをご覧ください。

がんは、我が国において昭和56年より日本人の死因の第1位で、現在では、年間30万人以上の国民が、がんで亡くなっています。また、生涯のうちにがんにかかる可能性は、男性の2人に1人、女性の3人に1人と推測されています。
厚生労働省としては、国、地方公共団体、また、がん患者を含めた国民、医療従事者及びマスメディア等が一体となってがん対策に取り組むことにより、「がん患者を含めた国民が、がんを知り、がんと向き合い、がんに負けることのない社会」の実現を目指すことを最大の目標として、様々ながん対策を講じているところです。

○わが国のがん対策は、これまでの取り組みにより進展し、成果を収めてきましたが、今なお、がんが国民の生命および健康にとって重大な問題となっている現状を踏まえ、「がん対策基本法」が平成19年4月から施行され、より一層がん対策を推進していくための環境が整備されました。

○がん対策基本法は、4章20条で構成されており、関係者(国、地方公共団体、医療保険者、国民および医師等)の責務を明らかにするとともに、がん対策の一層の充実を図るために、国が新たに設置する審議会である「がん対策推進協議会」の意見を聴いた上で「がん対策推進基本計画」を策定し、それを基に都道府県が地域特性を踏まえて「都道府県がん対策推進計画」を策定することとされています。これらの計画により、本法律に掲げられた基本的施策を総合的かつ計画的に推進することとされています。

○このように広範囲にわたってわが国の今後のがん対策の進むべき道を体系的に示したがん対策基本法に基づき、そこに示された考え方、目標等を具体化する各種施策について、政府としてより一層の充実強化を図っていくこととしています。

○がん対策推進基本計画においては、「がん患者を含めた国民の視点に立ったがん対策の実施」が、基本方針の一つとして掲げられており、今後のがん対策を推進するにあたっては、がん及びがん医療に関する正しい理解の促進を図ることは、基本計画に掲げる各施策を推進する上で、必要不可欠です。

(例)がんの早期発見のためには、がん検診の受診率の向上が重要であるが、わが国のがん検診受診率は欧米諸国に比べ低く、この改善のためには、国民の皆さんに、がんの病態、治療法に正しく理解していただくことが重要です。

自然から見た衣食住 より引用。
(興味ある方は、検索して読んで頂きたい。)

薬剤大国日本 見直す時に来ている。

抗生物質の無秩序な大量使用による影響

私はかねてから、日本の抗生物質や薬品の使用状況について疑問を呈してきました。日本の抗菌剤使用量は世界の1/4に達し、耐性菌出現率は世界でも突出して高い状況にあると言われています。一説ではヨーロッパの肺球菌に対する耐性菌の出現率が10%程度であるのに対して、日本では80%近い割合で耐性菌が出現していると言われています。 大腸菌などの微生物は30分程度の短期間で一世代を終了します。耐性菌を作り出すのには、半分程度の菌が死ぬ濃度の薬剤と菌を接触させることによって、生き残った菌が薬剤に対する耐性を得とくしていきます。この際、微生物は接触した種類の薬剤のみでなく、他の薬剤に対しても抵抗性を持つことが知られています。これを交差抵抗性と言います。細菌は薬剤に対する耐性を持つ際に、細胞壁を厚くしたり抵抗性のある遺伝子を収得するなどして耐性を高めますが、この耐性が使用された薬剤以外にも抵抗性を持つ現象を交差抵抗性といいます。  現状のように至る所で抗菌材が使用され、殺菌剤、消臭剤、抗生物質が日常的に使用されている現状において、微生物は様々な化学物質に対して耐性を会得してきています。

引用終わり。

さて、ここから私の妄想が始まる。

厚生労働省のホームページにあるように、現在の日本は「生涯のうちにがんにかかる可能性は、男性の2人に1人、女性の3人に1人と推測されています。」と指摘されている。

また、自然から見た衣食住さんの内容では、「日本の抗菌剤使用量は世界の1/4に達し、耐性菌出現率は世界でも突出して高い状況にあると言われています。」と、指摘されている。
「自然から見た衣食住」さんの記事がいつ書かれたかはわからないが、私の記憶では、「日本一国で、世界の3分の一から2分の一」ぐらい、抗生物質を消費している!?と、記憶している。まあ〜「4分の一」でも多いがね。
これだけ日本一国で消費している抗生物質。

日本は、製薬会社にとって、巨大なマーケットであるのは確実である。
また、日本政府主導による「きれい、きれい病」の拡散がある。

人間は微生物と共存関係にある。
その関係を人間から一方的に断ち切ろうとしている。
その結果、何が起きるかは”自明の理”である、人間の免疫力の低下です。そうなると、より病気に感染しやすくなる。そして、薬のお世話になる。

・・・悪循環。

安倍内閣は、多罪耐性菌の出現により、抗生物質の使用量を減らそうとしているらしい。
その反面、ジェネリック薬品という安い薬を多用しようとしているらしい。

薬ありき・・・の姿勢。
薬漬けの日本の現状を物語っているね。

In Deepさんのサイト http://oka-jp.seesaa.net/article/419794428.html引用させていただく。
(私的に、In Deepさんの記事は非常に考えさせられるものがある。)

「アメリカでもヨーロッパでもがん治療の主流が「代替医療」か「「治療しない」ことによってがん患者の死亡率がどんどん低下している中で日本は・・・」

略・・・。

何がガン患者たちを死に向かわせているのか何かこう、最近、立て続けに、芸能人の方とかのガンでの訃報を目にします。それがどなたの訃報記事かというのは別として、読みますと、たとえば、ある方の記事の中には、> 治療は2週間に1度のペースで、4種類の抗がん剤を2種類ずつ組み合わせる形で行っていた。とあったり、あるいは、やはり昨日亡くなった別の方の記事では、> 抗がん剤治療を行うなどして11月5日に退院。抗がん剤治療を継続しながら3カ月後の…という下りがあったりして、「急激に容体を崩して」亡くなっていく方々の治療が、どれも同じ方向での治療であったことがわかります。そして・・・この方々は有名人ですので、このように取り上げられていますが、おそらくは、同じようなかたちで、毎日毎日 1,000人ほどが亡くなっていることになると思います。この「毎日 1,000人」というのは、2014年の日本のガン死亡者の数 36万 7,100人を 365日で割ったものです。日本中のガン治療にあたるお医者さんたちは、毎日毎日、3大治療で治らずに死んでいく患者さんたちを夥しく見ているはずなのに、それでも方向性は変わらない。そして、ガンで亡くなる人の数は、毎年毎年うなぎ登りで増えていて、ここ数十年は減った年がないという。

略・・・。

つまり、抗ガン剤や放射線治療から抜け出したことにより、「ガン死亡者を減らすことにアメリカは成功しつつある」ようなのです。エビデンスがどうのこうのではなく、三大治療をやめれば、「ガン患者はあまり死ななくなる」ということが、アメリカとヨーロッパの医療で確認されているのに、なぜか、日本では、死にやすくなる方向の医学ばかりになる。ヨーロッパなどでは、もっと過激で、「ガンには何もしない」という治療法が普通に存在していることが、安保徹さんと船瀬俊介さんの共著『ガンは治るガンは治せる―生命の自然治癒力』(2007年)には書かれています。

スウェーデンのがん治療

早期前立腺ガンの患者 223人を「まったく治療せず」10年間、経過をみた。その間に 124人が死亡しました。しかし、ガン死だったのは、わずか19人。よって、研究者たちは「手術による前立腺全摘は標準的治療とはいえない」と結論付けています。日本では男性諸兄は前立腺ガンで病院を訪ねると例外なく切られる″。あるいは放射線を浴びせられる。しかし、スウェーデンの医者たちは、これら治療を「必要ない」という。だから、スウェーデンの前立腺ガン治療″は「何もしない」で様子をみるだけ。

カナダのガン治療

肺ガンも、日本では、ほぼ 100%抗ガン剤を盛られ、放射線を当てられ、手術で切られます。ところが、カナダでは、もっとも多い治療法は「何もしない」なのだ。なんと「無治療」が 22%。最近の研究では、「何もしない患者が、もっとも治りやすい」ことが、わかってきたという。「手術」は、たったの 6% (日本は 17倍)。抗ガン剤は 5%(日本は 20倍)。「抗ガン剤」と「手術」は 12%(日本は 33倍)。日本では、国際的レベルにくらべて、抗ガン剤は 20倍、手術は 17倍も多い。

アメリカの場合

アメリカ医学界も急激に「三大療法」から代替療法になだれを打っています。まさに 1990年のOTAリポートが、大転換点となったのです。アメリカ政府の代替療法への予算は、1990年以降の 10年間で、300万ドルから 2億ドルへと、67倍にも激増。すでに六対四で、ガン治療の現場でも代替療法が優位に立っています。そのためアメリカでのガン死者は年々約 3000人ずつ減り始めています。また、アメリカついては、以下のような記事もありました。がん患者の9割強が代替医療を経験〜米国最新がん事情米国代替医療への道米国が「がん」に宣戦布告したのは1971年。ヴィクトリーまでの道のりは まだ遠いが、死亡率は年々減少傾向を示している。がん予防で「納豆」 など日本の伝統食が注目され、既存の西洋医療と代替医療を組み合わせた 治療効果への関心も高まっている。 (略)がん患者の97%が代替医療を試みる死亡率減少という朗報に加え、がんと代替医療に関する興味深い調査報告も 最近発表された。フレッド・ハッチンソン癌リサーチセンターの調査報告で、 1997年2月から1998年12月にかけて乳がん、または前立腺がん、大腸がんと診断されたワシントン州西部に住む大人356人を対象に電話でインタビューしたところ、約97%がなんらかの代替医療を利用しており、その結果、ほぼ全員が体調がよくなったと答えたという。ここで注目すべきは、代替医療によって、> ほぼ全員が体調がよくなったと答えたという。部分です。

上の記事によりますと、アメリカの代替医療には、
・マッサージ療法
・バイオフィードバック(体内活動の状態を測定し、その情報を音や形などで示す)
・催眠療法
・イメージ療法(患者の想像力を使った療法)
・クリスタル療法(パワーストーンを使った療法)
・キレーション療法(キレート剤を点滴して行う解毒治療)
・マグネット療法(磁気療法?)
・サプリメント利用
・音楽療法
・瞑想
・ヨガ

などがあるようで、今ひとつわからないものもありますが、アメリカでは、ガン患者の 97%が、これらを利用していたというのです。ちなみに、上に「音楽療法」というものがありますが、この原点は、聖書にあるようで、新約聖書「サムエル記」というものの中に以下のくだりがあります。

略・・・。

日本が抗ガン剤市場のターゲットにならざるを得ない事情しかし、上の欧米の「三大療法からの離脱ぶり」を見て、ふと思ったのです。「ああそうか。アメリカやヨーロッパでは、抗ガン剤があまり売れていないんだ。・・・とすると、抗うつ剤と同様にターゲットにする国は・・・」そう、日本です。あるいは、今のアジアの国は、どこでも西洋薬が大好きなので、中国や韓国も大きな市場になるかもしれないですが、それでも、薬漬け大国の日本は最大のマーケットなのだと思います。なので、売り手としては、間違っても、日本というこの特大市場を逃していけない。間違っても、日本で代替え医療とか食事療法が主流になってはいけない。間違っても、東洋医学やアーユルヴェーダを行う医者が出てきてはいけない。・・・ということなのかもしれないですね。残念ですが、製薬会社にとって、今後も日本はどこまでもターゲットになり続けるような気もします。

略・・・。

1位のプラビックスというのは、血液をさらさらにして、血栓の治療に誓う薬だそうですが、1168億円の売り上げです。あとは、降圧剤が多数ランクインしています。降圧剤が、
・寝たきり老人や認知症を増加させている可能性
・脳梗塞を増加させる
・ガンを増加

させる可能性については、それらを提唱している医師たちの主張などを、
・健康ブームの中でガンが増え続ける理由… 2015年04月10日の中で書いていますので、ご参考下されば幸いです。

(後は、興味があるならば、In Deepさんの記事を読んでください。In Deepさんの記事を読むほどに、この世界は狂った世界だと思わざるを得ない。権威ある学識深い学者の多くが毒されているのですからね。また、多くの国民が目をふさがれ、耳をふさがれている。そして、医療に、薬に依存させられている。

こんな事をいうと、「何かあったら責任を取れるのか!?」と、凄まれそうですが、その姿勢自体が、家畜化、ロボット化の依存状態ということすら認識できない姿勢です。

     自己責任

で、よくよくお考えあれ!)

引用終わり。

さて、またまた引用ですが・・・。

河合隼雄のカウンセリング講座より p79〜80

・ 心と体は結びついている

・・・略。

リラックスを強調する人が面白いことを言っています。「われわれは、”がんばる”とか”何かやる”という訓練ばかり受けて、”リラックスする”という訓練を受けていない」と言うのです。事実、そうですね、100メートルをどれだけ早く走るかとか、問題をどれだけ早く解くことができるかとか、単語をどれだけ多く覚えるとか、とにかくがんばることばかり教えられて、単語をどうして早く忘れるとかは、誰も教えてくれない。実際のところ、われわれは忘れる能力がなかったら生きていけないのですから、普通は適当に上手に忘れているのですが、なかなか忘れられない人がいて、苦労させられるわけです。そんな人に、せめてもうちょっとリラックスする方法を教えてあげなければならないのではないか、というわけです。これは名言だと思いますね。

引用終わり。

最近、ラジヲのニュースなどを聞いていると、「癌になれば戦う!」と言うのが流されている。「終末期の苦しみ」などが取り上げられている。

おいおい・・・ちょっと待てよと言いたい。

健康診断などで、「早期発見、早期治療」のキャッチフレーズと共に、「癌が如何に怖いか」と、刷り込み、誘導がなされている。

「戦わなければならない!」物なのかを、一人ひとりが考えるべきことではなかろうか。そのためには、一人ひとりがこれまでの刷り込まれた”知識””常識”などを横において、「癌」とはどのようなものであり、どのように姿勢で向かい合ったほうがよいのかを考えるべき時に来ていると、痛切に妄想している。

「癌」と言われた時、「頭が真っ白になる」、「何も考えられない」ほどのショックを受ける。なぜならば、「終末期の苦しい姿を、テレビなどで刷り込まれている」からです。医療従事者は、その間に”医学的恫喝”とも言える”医療の説明”をする。患者は唯々諾々と従う。このような状況が正常と言えるのか!?

このような妄想を書いている私の妄想脳、放射脳の内容を鵜呑みにせず、”自己責任の下、よくよくお考えください」と言うことを、繰り返し書いておきます。

医療費の削減。
がん患者」の十人に一人でも「代替医療」や「何もしない」ことを自己責任の元、主張できる環境ならば、医療費は大幅に削減されることでしょうね。
そのためには、これまでの刷り込み、誘導をやめて、実際の、本当の知識を国民に教えることが大切になる。

(まあ〜無理でしょうね)

小さな、まことに小さな独り言ですが、
私も昔は、「人様のぽんぽんの中をあら捜しをていた。」ハァ〜・・・。


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夜曲 代替医療、ありがとうございます、最近、母の目の病気で木花万乃さんに霊断してもらったところこの代替医療をすすめられました、どうもありがとうございます、うふふ・・。 (15/12/19 16:45)


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