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無色の妄想日記タイトルを変更しました。 現在、福島県郡山市に仮寓させていただいている。 ありがたいことです。 旅をしている時の状況が時に思い出される。泊まる当てもなく、地図を片手にひたすら歩いた。雨の中、強風の中、雪降る中、そして、暴風雪の中。ひたすら歩いた。歩いている時には不思議に恐怖感や切迫感は無かった。何とかなるという気持ちですね。 今、雨、露、雪、風を凌げる部屋を提供していただいている。このことがどれほど嬉しい事か。実感している。 残された時間がいくらほどあるかは判らないが、残された時間を、自身の身魂を磨くために使おうと思う。スピリチュウアルを学んできているのだから、自身が信じる道を進む。 ただ・・・それだけ。 |
■ 2016/01/08 (金) 直角が最適!? |
管理人さん、皆さん あけまして、おめでとうございます。 本年も、よろしくお願いいたします。 昨年の年末に、「ポール・シフト」という言葉が浮かび、気になりだした。 いつも暇しているから、少し妄想してみた。 もし、地球がゴロンと回転したならば、地球にとって、そして、新たな学びの環境を整えるのに、どのくらい回転すればよいのかを妄想してみた。 一番効果的な角度・・・それは、やはり90度ではなかろうか!? 90度回転すると、南極と北極が赤道付近に来る。 そうなると、北極の氷は解けて海洋になる。 南極の氷が解けて、南極大陸が顔を出すことになる。この南極大陸が出現することが重要ではなかろうかと思う。 南極大陸を覆っていた氷が解ける。すると、巨大な重量(重石)がなくなり、南極大陸は浮上するのではなかろうか。南極大陸が浮上することにより、南極大陸が乗っかっているプレートが浮上し、周囲のプレートを引っ張ることとなる。 ウッキーペデアより引用。 プレートテクトニクス プレートテクトニクス(英: plate tectonics)は、プレート理論ともいい、1960年代後半以降に発展した地球科学の学説。地球の表面が、右図に示したような何枚かの固い岩盤(「プレート」と呼ぶ)で構成されており、このプレートが、海溝に沈み込む事が重みが移動する主な力になり、対流するマントルに乗って互いに動いていると説明される。 地球は、半径約6,500キロメートルであるが、その内部構造を物質的に分類すると、外から順に下記のようになる。 深さ約10 - 30キロメートルまで : 地殻 深さ約670キロメートルまで : 上部マントル - 最上層、低速度層(アセノスフェア、岩流圏)、遷移層 深さ約2,900キロメートルまで : 下部マントル - メソスフェア(固い岩石の層) 深さ約5,100キロメートルまで : 外核(外部コア) 中心 : 内核(内部コア) 地殻とマントルは岩石で構成されており、核は金属質である。マントルを構成する岩石は、地震波に対しては固体として振舞うが、長い時間単位で見れば流動性を有する。その流動性は、深さによって著しく変化し、上部マントルの最上部(深さ約100キロメートルまで)は固くてほとんど流れず、約100 - 400キロメートルまでの間は比較的流動性がある。地殻と上部マントル上端の固い部分を合わせてリソスフェア(岩石圏)と呼び、その下の流動性のある部分をアセノスフェア(岩流圏)と呼んで分類する。この厚さ約100キロメートルの固いリソスフェアが地表を覆っているわけであるが、リソスフェアはいくつかの「プレート」という巨大な板に分かれている。 地球表面が2種類のプレート群からなっていることは、地球表面の高度や深度の分布の割合にもあらわれている。地球表面は、大陸と大陸棚からなる高度1,500メートル - 深度500メートルの部分と、深度2,000 - 6,000メートルの海洋底と呼ばれる部分が多く、その中間である深度500 - 2,000メートルの海底は割合が少なくなっている。 プレートは大きく見ると十数枚に分けることができ、それぞれ固有の方向へ年に数センチメートルの速さで動かされることになる。・・・以下略。 引用終わり。 ある人々は、地球の内部は空洞化しているということも言われるが、ここでは省略する。 南極大陸を載せているプレートが急激に動くことにより、地球規模の大地殻変動が起きる。この変動は、地上世界だけではなく、海底世界を含む、全地球表面に及ぶ。 そして、一度気候の大変動が起きると、安定するまで止まらない。現在の異常気象どころではない。 (異常気象を温暖化にマスクされているが、2010年のBP社のメキシコ湾原油流出事故(自作自演テロ!?)・・・BP社のCEOが高値のうちに売り抜け、暴落してから買い戻した。この事が出来るのは、事故!?がおきる事を知っていた事!・・・この事は一切触れない。大西洋の海流が停滞する事態になった。海流の異常は大気の流れに直接影響を与える。大気の対流が変化するということです。そして、海流、大気の対流の変化はドミノ倒しのように止まらない) 南極大陸の浮上により、プレートの大激変が置き、ポール・シフト時の巨大津波の後に、巨大地震、津波、火山活動、造山現象、沈没する地域と、地球表面の大激変が起きる。 宗教学的に見れば、「天地創造」である。 地球周辺を回っている人工衛星も、地上に落下してくることでしょう。あたかも星が落ちてくるようにね。 ウッキーペデアより引用 天地創造 ・・・略。 旧約聖書学では、創世記の記述内容としての「天地創造が起こった年代」は果たしていつだったのかについての推定が繰り返されてきた。 ただし前提として、批評的な旧約聖書学では、天地創造物語は信仰書であり、信じている内容を記述しているという事は、批評的な全ての学者が認めており、もはや「実際に・事実として、いつ起こったことか、どうか」は、研究・議論されていない。ただし、「当時の人々がいつ起こったと考えていたのか?それはどういう信仰・根拠だったのか?」などは研究されている。 正教会では西暦で言うところの紀元前5508年のことだとしており、これを元年とした「世界創造紀元」を用いていた。 1654年に、英国国教会のアイルランド大主教ジェームズ・アッシャーとケンブリッジ大学副総長ジョン・ライトフット(英語版)が聖書の記述から逆算し、天地創造は西暦の紀元前4004年10月18日〜24日にかけて起こり、アダム創造は紀元前4004年10月23日午前9時と算出し、長らくキリスト教圏ではこの年代が信じられてきた(旧約聖書のモーセ五書に登場する族長全員の寿命を加算して算出したもの)。 その他にも天地創造の年代には諸説ある。 引用終わり。 このような状況において、地球上の生物はどうなるか!? 言わずと知れて、絶滅です。 一部の権力者、裕福な人たちは、地下避難施設を各地に造っているようです。しかし、プレート自態の変動が起きると、地殻の巨大な圧力に耐えられるのでしょうか!?意図的に起こしたハルマゲドン(最終戦争)時の一時的な避難を考えているのではなかろうか。現在の地表面の地殻の調査だけで、丈夫な岩盤を選び造っているだけと思えてならない。恒久的な使用に耐えられるならば・・・マトリックスの世界ですね。 ここで気になるのが、ベルギーのブルッセルの地下都市伝説です。この話が本当ならば、奇跡的に残った前文明社会の子孫ということになる。まあ〜これも置いとこう。 しかし、地球は地球の役割がある。 人類の進化、学習、修行・・・そして、新たな肉体の創造という貴重な役割がね。 一部の人たちは、地球は優良星となる。と、言っている。そうなると、地球に変わる学びの場が新たに創られた・・・と、言うことになる。これも置いとこう。 現在の地球が継続して、学びの場であり、修行の場であり、新たな肉体の製造の場であるとするならば、次の世界の「種人」はどこに避難するのか!? その前に、現在の肉体の衰弱について・・・。 ウッキーペデアより引用。 Y染色体の矮小化 ・・・略。 Y染色体が男性のみに1本単独で存在するため、突然変異などで遺伝情報を失い、形態的にも小型化する傾向にあるのはヒトも例外ではないが、Y染色体自体を失っても雌雄の性別が保たれている種も存在しており、Y染色体の消失が即ち性別や種の存続に関わるかは別の問題である。現在、Y染色体の遺伝情報を修復するためにサイトカイニン水溶液などの薬物を精子に添加する(種無し植物の要領)など、方法がいくつか検討されているが、「失敗した時のリスクが大きすぎる。」という意見と、「人類の存続には犠牲はやむを得ない。」という意見とが対立している状況にある。 引用終わり。 Y染色体は徐々に小さくなってきているのです。将来的には、「男性(オス)」という生物は・・・!? さて、「種人」の戻る。 「種人」はどこに避難するのか!?当然、「種人」は新たな世界の担い手である、「新人類」である。ヒットラーの予言にもあるように、「新人類」が誕生する可能性がある。というより、その製造過程にあると思える。 では、「種人」はどこに避難するのか!? ヒントが、昔話「浦島太郎」にある。 福娘童話集より引用。 むかしむかし、ある村に、心のやさしい浦島太郎(うらしまたろう)という若者がいました。 浦島(うらしま)さんが海辺を通りかかると、子どもたちが大きなカメを捕まえていました。 そばによって見てみると、子どもたちがみんなでカメをいじめています。 「おやおや、かわいそうに、逃がしておやりよ」 「いやだよ。おらたちが、やっと捕まえたんだもの。どうしようと、おらたちの勝手だろ」 見るとカメは涙をハラハラとこぼしながら、浦島さんを見つめています。 浦島さんはお金を取り出すと、子どもたちに差し出して言いました。 「それでは、このお金をあげるから、おじさんにカメを売っておくれ」 「うん、それならいいよ」 こうして浦島さんは、子どもたちからカメを受け取ると、 「大丈夫かい? もう、捕まるんじゃないよ」と、カメをそっと、海の中へ逃がしてやりました。 さて、それから二、三日たったある日の事、浦島さんが海に出かけて魚を釣っていると、「・・・浦島さん、・・・浦島さん」と、誰かが呼ぶ声がします。 「おや? 誰が呼んでいるのだろう?」 「わたしですよ」 すると海の上に、ひょっこりとカメが頭を出して言いました。 「このあいだは助けていただいて、ありがとうございました」 「ああ、あの時のカメさん」 「はい、おかげで命が助かりました。 ところで浦島さんは、竜宮(りゅうぐう)へ行った事がありますか?」 「竜宮? さあ? 竜宮って、どこにあるんだい?」 「海の底です」 「えっ? 海の底へなんか、行けるのかい?」 「はい。わたしがお連れしましょう。さあ、背中へ乗ってください」 カメは浦島さんを背中に乗せて、海の中をずんずんともぐっていきました。 海の中にはまっ青な光が差し込み、コンブがユラユラとゆれ、赤やピンクのサンゴの林がどこまでも続いています。 「わあ、きれいだな」 浦島さんがウットリしていると、やがて立派なご殿(てん)へ着きました。「着きましたよ。このご殿が竜宮です。さあ、こちらへ」 カメに案内されるまま進んでいくと、この竜宮の主人の美しい乙姫(おとひめ)さまが、色とりどりの魚たちと一緒に浦島さんを出迎えてくれました。 「ようこそ、浦島さん。わたしは、この竜宮の主人の乙姫です。このあいだはカメを助けてくださって、ありがとうございます。お礼に、竜宮をご案内します。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」 浦島さんは、竜宮の広間ヘ案内されました。 浦島さんが用意された席に座ると、魚たちが次から次へと素晴らしいごちそうを運んできます。 ふんわりと気持ちのよい音楽が流れて、タイやヒラメやクラゲたちの、それは見事な踊りが続きます。 ここはまるで、天国のようです。 そして、「もう一日、いてください。もう一日、いてください」と、乙姫さまに言われるまま竜宮で過ごすうちに、三年の月日がたってしまいました。 ある時、浦島さんは、はっと思い出しました。(家族や友だちは、どうしているだろう?) そこで浦島さんは、乙姫さまに言いました。 「乙姫さま、今までありがとうございます。ですが、もうそろそろ家へ帰らせていただきます」 「帰られるのですか? よろしければ、このままここで暮しては」 「いいえ、わたしの帰りを待つ者もおりますので」 すると乙姫さまは、さびしそうに言いました。 「・・・そうですか。それはおなごりおしいです。では、おみやげに玉手箱(たまてばこ)を差し上げましょう」 「玉手箱?」 「はい。この中には、浦島さんが竜宮で過ごされた『時』が入っております。 これを開けずに持っている限り、浦島さんは年を取りません。 ずーっと、今の若い姿のままでいられます。 ですが一度開けてしまうと、今までの『時』が戻ってしまいますので、決して開けてはなりませんよ」 「はい、わかりました。ありがとうございます」 乙姫さまと別れた浦島さんは、またカメに送られて地上へ帰りました。 地上にもどった浦島さんは、まわりを見回してびっくり。 「おや? わずか三年で、ずいぶんと様子が変わったな」 確かにここは浦島さんが釣りをしていた場所ですが、何だか様子が違います。 浦島さんの家はどこにも見あたりませんし、出会う人も知らない人ばかりです。 「わたしの家は、どうなったのだろう? みんなはどこかへ、引っ越したのだろうか? ・・・あの、すみません。浦島の家を知りませんか?」 浦島さんが一人の老人に尋ねてみると、老人は少し首をかしげて言いました。 「浦島? ・・・ああ、確か浦島という人なら七百年ほど前に海へ出たきりで、帰らないそうですよ」 「えっ!?」 老人の話しを聞いて、浦島さんはびっくり。 竜宮の三年は、この世の七百年にあたるのでしょうか? 「家族も友だちも、みんな死んでしまったのか・・・」 がっくりと肩を落とした浦島さんは、ふと、持っていた玉手箱を見つめました。 「そう言えば、乙姫さまは言っていたな。 この玉手箱を開けると、『時』が戻ってしまうと。 ・・・もしかしてこれを開けると、自分が暮らしていた時に戻るのでは」 そう思った浦島さんは、開けてはいけないと言われていた玉手箱を開けてしまいました。 モクモクモク・・・。 すると中から、まっ白のけむりが出てきました。 「おおっ、これは」 けむりの中に、竜宮や美しい乙姫さまの姿がうつりました。 そして楽しかった竜宮での三年が、次から次へとうつし出されます。 「ああ、わたしは、竜宮へ戻ってきたんだ」 浦島さんは、喜びました。 でも玉手箱から出てきたけむりは次第に薄れていき、その場に残ったのは髪の毛もひげもまっ白の、ヨポヨポのおじいさんになった浦島さんだったのです。 引用終わり。 竜宮城で3年を過ごし、地上に帰ってみると、地上世界は700年が過ぎているということです。時の流れが異なる。 このような話は世界中にあるのではなかろうか!? 異次元世界に避難させられた「種人」達は、しばらくの間は異次元の世界ですごし、地球が新たな学びの世界になってから戻される。 ここで気がつくことは、異次元に避難させられても「記憶」は元のままということです。 「種人」達の記憶はそのまま。 しかし、地上世界はすっかり掃除されて、新たな場になっている。人類以外の生物たちも、人類がいない間に移植されているでしょう。人類がいないから、調和を保った世界を築いている事だと妄想できる。 さて・・・「種人」達は、そのような状況でおっぽり出されるのでしょうか!? ポピの予言にもあるが、自然等の共生がうたわれている。しかし、そのままほっぽり出されるということはないでしょう。 ここで、レムリア、ムー、アトランテスなどの伝説・・・そして竹内文書などの内容が参考になる。 現代の知識、技術を持つ「種人」達に、ある程度の技術指導、提供がなされるものと思う。が、それも第一世代、第二世代までが有用に活用できるのではなかろうか!? 地球の役目を考えると、第三世代くらいから、多くのカルマを背負った魂が転生をしてくる。そして、争そいが起こり始めるのではなかろうか。 役目を果たした第一世代、第二世界の魂は高次の世界へと還ってゆく。 学びの世界は、第三世代以降の人類が担うこととなる。 一時的に繁栄をしても、色々な意図が交錯する地球世界。 人類の織り成すカルマの世界。 地球外知的生命体が地球に干渉し織り成す世界。 この宇宙を包含する高次の世界の意図。 第一世界の「種人」達は記憶を持ったまま。 各種の知識、技術、そして・・・信仰。 そしてサイクルは繰り返される。 「re・cyborg 009」 00ナンバーのサイボーグ達。 彼らの“正義”の為に、彼らは自己犠牲を厭わず動く。 そして、その意識の故に、文明は温存される。”神”なる存在の意思でね。 正邪。 人間的な感覚で錯覚を起こしているだけではないか!? タルムード。 人間的な感覚!?で、自己解釈したのかもしれないが、このことも、流れに沿った流れ・・・かもしれない。 何が正しくて、何がそうでないのかを、今の時期、人其々が、今まで刷り込まれてきた歪められた常識、知識、教義を横に置き、誰一人として例外もなく持っている理性を、唯一の判断基準となし、自身の脳みそを自身で使い”考え、感じ、判断”出来る様にならなければならないのではなかろうか。 非常に厳しい事ですが,その事が、其々にとって非常に大切なことではなかろうか。 意識の自立。 この事が、これまでの幼児性意識からの離脱ではなかろうか。自立した意識の人間としてね。そして、自立には「責任」が伴うこともね。 今、私が身を置いている世界は、日本が世界に発信しているアニメの世界、私的には、「機動戦士 ガンダム SEED そして DEST|INY」の世界ですね。 日本のアニメは、人が言葉に出せない事を表している。 そして、世界の子供たちが共感するのは、その想いに共鳴しているからだと想う。 この妄想日記を読まれている方は、一人ひとりが置かれた立場、環境において、よくよくお考えいただきたい。 |
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