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無色の妄想日記

タイトルを変更しました。

現在、福島県郡山市に仮寓させていただいている。
ありがたいことです。

旅をしている時の状況が時に思い出される。泊まる当てもなく、地図を片手にひたすら歩いた。雨の中、強風の中、雪降る中、そして、暴風雪の中。ひたすら歩いた。歩いている時には不思議に恐怖感や切迫感は無かった。何とかなるという気持ちですね。

今、雨、露、雪、風を凌げる部屋を提供していただいている。このことがどれほど嬉しい事か。実感している。

残された時間がいくらほどあるかは判らないが、残された時間を、自身の身魂を磨くために使おうと思う。スピリチュウアルを学んできているのだから、自身が信じる道を進む。    ただ・・・それだけ。

 ■ 2012/10/16 (火) 10月16日


今、新潟県長岡市にいる。
司馬遼太郎の作品の「道」ではなく『峠』(確か・・・記憶があいまいになってきている)の長岡市。
幕末の北越戦争で、壮烈な戦いを見せた、長岡藩の地。河井継之助。小説に出てくる、小千谷、檜峠、朝日山・・・瀬っ多屋・・・等々。司馬先生が尋ね歩いた地。
今、ここに私はいる。河井継之助記念館は、会津寄りにある。ここ、長岡の地では、河井継之助は、長岡藩を破滅に追い込んだとして教えられているのでしょうね(明治には、河井継之助の墓が叩き割られているとの事。愛憎果てない明治期の流れです)。
私は、司馬先生の小説しか知らないが、幾度も読み、私なりの河井観を持っている。河井継ノ助は、今でいう、いじめっ子タイプの人のように感じる。ただ、時代間の違いにより、いじめっ子タイプの偉人が、時の流れに乗って出てきているという事。先見の明を持っているがゆえに、このままでは滅びるという危機感を持ち、動いている。先見の明を持った偉人は、時代の流れに乗れこそすれ、その時代の意識波動(それまで誘導、刷り込みされてきた多くの愚民たちの意識)には受け入れられないものです。

今、長岡市のホテルにいる。(このホテルからのパソコンからは、掲示板は閲覧できません)。
洗濯と休養に当てる。

9月26日
昨夜は寒かった。
ウインドブレーカー、スキー服、冬用のコートを着ても寒かった。だんだん寒くなる。防寒対策を考えないとね。

にしかたの駅。
朝、昨日の野良ミケ君を見た。シーチキンをあげた。全部食べた。食べられるうちに食べておけばよい。

今日で、大阪を出てから2ヶ月が過ぎた。まだ、生きている。と、言うより、より元気に意気軒昂になってきているように感じる。歩いて旅する楽しさを覚えた。色々な事があるが、この2ヶ月間は、本当に充実した時を過ごしている。何者にも束縛されない時間を過ごし、すべて自己責任の下、行動する。ストレスフリーの状態。世の中の多くの人からは白い目で見られるが、そんな事すら気にならなくなっている。

現在、13時30分。天気は快晴。昨夜は寒くて練れなかったので、暖かい広場の休憩穂のベンチで仮眠した。1〜2時間熟睡したらしい。なんか・・・壬生の駅に向けて出発する時間だが、もう一晩ここで冬に向けての準備をしようと思う。準備といっても、この旅ではじめて寝袋を使うだけの事なのだけれどもね。どの程度(現時点で)の服装で寝られるかの実験である。

地元のおじさんと話す。
おじさんは、私の行動を見ていたようだ。思川の時とは状況が異なる。無遠慮な見方ではなく、何気なく見ていたようだ。おじさん(70歳との事。おそらく脳疾患で、少し体が不自由なようだ)は、私の話を聞いてくれて、意気に感じたようだ。そのうち、おじさんの奥様も着て、おじさんから私の話を聞いていた。おじさんも若い頃、色々とチャレンジしたようだ。ご夫婦とチャレンジの話で盛り上がる(このメモを記している時は、10月17日である。昨日の16日に、小千谷の駅でお会いした老婦人と会話をした内容とリンクする)。楽しい時を過ごさせていただいた。ありがたいことです。

コンビニでビール、弁当、おでん、フランクフルト(猫用)を買ってきた。
食べていると、野良君がやってきた。にゃ〜と、ご飯を催促している。買ってきたフランクフルトを噛み千切ってあげた。その後、白い野良君もやってきたので、秋刀魚の蒲焼一缶を上げた。全部食べている。食べれるうちに食べたほうがよい。

ひとつの生命としてこの世に生まれてきたのです。
生まれてきたからには、生きようとするのは当たり前であり、子孫を残そうとするのも当たり前です。それを、人類の身勝手な考えで、生きる道を閉ざされようとしている。まことに身勝手な考えでね。愚かしい・・・人類以外の存在から見れば、傍迷惑な事です。

掃除のおばちゃんたちと仲良く話をした。
おばちゃんたちは吃驚していた。

9月27日
今夜は、この旅ではじめて寝袋を使った。
やはり、寝袋はいいものです。ぐっすりと眠れた。明け方、寒さが厳しくなる時に、防寒着を着る必要もある。これからどんどん冷え込む時期になるからね。

朝、5時ごろ起床。
起きる前にトイレに行った。途中で、パトカーが巡回しているのを見た。何か言われるかな〜と思ったが、パトカーはそのまま走り去った。
今朝、野良君を見かけたので、さばの水煮缶を上げた。

「道の駅 にしかた」を8時過ぎに出発。
出発する前に、掃除のおばちゃんの一人が来た。「気をつけて!」と励まされた。ありがたいことです。
トコトコと歩き、「道の駅 みぶ」に11時過ぎに着く。地図で見ても近い距離。およそ3時間の歩き。
みぶでは南米音楽のフォルクローレと言う音楽を奏でている人がいた。南米の方なのでしょう。「ランバダ」「コーヒールンバ」「コンドルは飛んでゆく」・・・と、耳に馴染んでいる曲が多い。壬生の着く早々気分的によい。

みぶの駅をぶらぶらと回ってみる。
屋根のある休憩所があった。しばらくそこに居た。時折、家族連れが着たが、変なおじさんが居るから、すぐに帰ってしまう。
風は強いが、そう寒くはない。今晩はここで野宿しようか・・・!?トイレの前が休憩所になっており、その間の通路が使えそうだ。色々と考える。さてさて・・・!?
雰囲気的には悪くない。それでも、原発問題、放射能問題は有る筈だが、逃げれないのだから、腹を括って、これまで通りに生きるしかないけどね。
天気予報では、この地域は「晴れのち雨」との事。風に湿気が混じっている。
荷物をみぶの駅の建物の中に移した。風は強い。トイレの近くの雨に濡れない所で野宿しよう。売店の商品が、閉店近くになって割り引きしている。(ここでは野良ちゃんに会えるかどうか?)

9月28日
5時前に目覚めトイレへ。
みぶの駅では、建物の下では風がなく、暖かだ。身軽な服装で寝た。朝、見知らぬ男性からバナナをいただいた。ありがたいことです。
さて・・・7時ごろ、みぶの駅を出発。天気予報では雨ということだが、雨に降られればそれはそれでよい。
トコトコ、ごろごろ・・・と歩く。警察官が横断歩道の各所に居て、子供たちの安全の為に交通整理をやっている。私は挨拶を交わしながら歩く。警察官も挨拶を返してくれる。

トコトコと、宇都宮の駅を目指す。
途中、若者に道を聞いた。その若者は駅の方向性を示し、出来るだけ大きな道を曲がった方がよいというアドバイスをしてくれた。お礼を言って、歩き始めた。何とか宇都宮の駅に着き、ホテルの予約を取った。みぶの駅から宇都宮の駅まで4時間ぐらいの歩き旅。もう少しかかるかと思ったが、予想より早く着いた。日光の山越えの為に酒、缶詰を買い込む。台風の影響か!?宇都宮の街は風が強い。
チェックインまで時間があるので、街中のスーパーに行って、ビールでも買おうとぶらぶらとしていると、午前中に道を尋ねた若者に出合った。その若者は、ニコニコしながら私のことを見ていた。私は気づかずに行きすぎようとしたが、若者から「駅は解りましたか!?午前中に駅までの道を聞いたでしょう!?」といわれ、私は気づかなかった事を詫びた。色々と話して、「この世には、たまたまとか偶然はない」という話になって、またまた、私の能書きが始まった。その時に不意に浮かんだのが、「魂の共振・共鳴」という言葉。若者も静かに聞いていたが、若者は若者の考えを持っているようだ。良い事です。

      「魂の共振・共鳴」
おそらく、魂の出自に関係あるのだろうと思う。

9月29日
ホテルで休養。
大型の台風(17号)が近づいているようだ。日本列島縦断コースに乗っているようだ。日光の山越えなのにね。明日(30日)の夜から明朝にかけて、関東に影響が出始めるようだ。ホテルを出てから、宇都宮のロマンチック村に行くつもりであるが、さて・・・どうなることやら。

      「潔く生きる」

9月30日
9月最後の日。
今日、ホテルを発ち、ロマンチック村に行く。おそらく3〜4時間ぐらいの時間で着くだろう。台風17号の影響をロマンチック村で様子を見る。

9時頃ホテルを発つ。
トコトコと歩いて、ロマンチック村を目指す。途中、雑貨、かばん、靴などを売っている店が開いていた。そこでリックを買った。店の人と話していて、私が「出来るだけ丈夫なもの」と欲求を出したので、話が旅の話になった。そこに、店の社長が出てきて、社長自ら商品の説明をしてくれて、少し値引きしてくれた。そして、店の中でリックの中身を入れ替えてもいいよと言ってくれたが、私が荷物を外においているからといって、外に出た。社長も付いて来た。興味があったのでしょうね。台車に載せた荷物を見て、これは本当に歩いて旅をしていると解ったのか、若い社員たちも寄ってきた。そして、これから日光の山越えをするという事を言うと、若い社員たちは驚き、「大変だよ〜」と口々に呟いている。社長は店に入り、adidasのシャツを持ってきて、私にくれた。ありがたいことです。私はお礼を言って頂き、荷物を入れ替えて、新リックを背負い歩き始めた。ロマンチック村に向かって。
(昔の苦行僧の如く、各地でお布施を頂きながらの旅のようです)

旅をしていると、色々な人と出会う。これもまた楽しく、また、嬉しいものです。

トコトコと歩き、ロマンチック村へ。13時30分ごろ着く。
今はまだ晴れている。台風の影響は夕方近くになって出てくるのでしょうね。
「道の駅 ロマンチック村」のトイレで体を拭き、着替える。頂いたadidasのシャツを着る。真っ白なシャツ。
徐々に風が強くなってきている。

ここ、ロマンチック村は観光地。
つい最近「道の駅」に併用されたようだ。

徐々に雲も多くなってきた。
ロマンチック村について、色々と聞きまわっていると、なんか、時間が来れば閉鎖されるようだ。当然といえば当然の話。しかし・・・まずい・・・!?トイレは24時間開放されているから、トイレに逃げ込めばよいがね。

栃木県にはいって10日発つ。
ホテルに入って得た情報では、放射能汚染瓦礫の最終処分地関係のニュースをやっていた。福島県に接している県であり、盆地的地形になっていると思われるから、まずいのではなかろうか!?人々の意識波動は軽く感じる。考えている人は考えている事だと思うが・・・。自然の波動を受けているがゆえに、のんびりとした感性を持った、大変貴重な地域だと思う。都会の殺伐とした感じは受けない。都会からの観光客は多いがね


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