ゴール前直線。

或る国と、隣合った仲の悪い国との間に要塞がありました。
要塞の近くにおじいさんが住んでいました。
おじいさんは貧しかったが一頭の馬を大切に育てて、
やがて幸運にも馬は見事な駿馬となって、その俊足で手紙を運んだり、貴重な香辛料を運んだりして
おじいさんの家は少しずつ生活が楽になっていきました。


しかし不運な事が起こってしまいました。
ある日駿馬はすぐそばにそびえる要塞を越えて、仲の悪い隣の国に走り去ってしまったのです。
あの馬が全てでした。
あの馬が居なければ、元の苦しい生活に戻るしかありません。
いえ、以前以上に馬に頼りきった生活をしていた家族は、この先食べることもままならなくなるでしょう。
おじいさんは嘆きました。


するとしばらく経った或る日、何と駿馬は更に優れた駿馬を連れておじいさんの元に戻ってきたのです。
おそらく最近隣の国で起こっているらしい戦争に借り出された名のある武将の馬に違いありません。
均整の取れた身体にしなやかな足、栗毛のたてがみは陽に照らされて光り輝いていました。


さておじいさんにはひとり息子が居ました。
おじいさんはそれはそれは大切にかわいがって育てておりました。
息子はちょうどいい頃合の青年になっておりましたので、
この駿馬を気に入り、喜んで野山を駆け回っていましたところ、
今までそんなことはなかったのに運悪く岩のでっぱりに馬が躓き
息子は激しく馬から落ちて、足が不自由になってしまいました。
また栗毛の駿馬も死んでしまいました。


あんな栗毛を連れてきて喜んで、いまとなっては何の良かったことがあろう。
息子の足は多少良くはなったとしても完全に元には戻らないであろう、
いくら本人の不注意としても、親としてこれ以上の不幸があろうか。
おじいさんは運命に嘆いておりました。


そうこうするうちに隣国の争いごとは益々激しさを増して、とうとうこの国も戦争に巻き込まれる事態となりました。
隣国の強い兵士が大群でもうそこまで押し寄せて来ています。
おじいさんの村の若者はみんな戦争にいってしまって、そして二度と戻ってきませんでした。
ただおじいさんの息子は足が不自由なので戦争には行きませんでした。
おじいさんは誰にも何にも言いませんでしたが
心の中で次々と起こった偶然に感謝し、つつましく幸せに暮らしました。








※この話は子供のときに読んだ記憶に基づいて全て私の言葉で書いたものです。
そのため厳密には話が変わっている可能性があります。
また見解が私流になっているかも知れません。