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不信のとき

Author:伊藤 博文 ( Profile )
心に愛がなければ、いかなる言葉も相手の胸に響かない。
    〜聖パウロの言葉より〜

 ■ 2016/10/05 (水) 先生


今度でも、中日ドラゴンズの社長が、
「広岡(達朗=元西武監督)を自分のほうにコーチとして連れていきたいんだが、
 何とか先生、なりませんか」
「だめ」
「そんなこと言わないで、なんとか。」
「だめ。まだそういう運命がきていない」
「尽力してください」
「尽力したって駄目だよ。つまり天運がまだこないんだから駄目だ。天運がそういうふうに決定してある」(「盛大な人生」中村天風述)

上のやりとりは、広岡さんが巨人を辞めて、ただ天風先生も御存命の頃、となると
おそらくは昭和41,2年の頃だろうか。その後、昭和50年代以降に名監督として名を成す広岡さんの将来を予見されたかのような言葉である。
徳の高い方というのは人の運命についてもある程度わかるのかもしれない。

僕が中村天風先生の名を知ったのは、やはりこの広岡さんの「意識革命のすすめ」を
読んでである。その時はただ漫然と読み流しただけだったが、何年かたって、
何かの雑誌である会社の社長が「私の1冊」ということで天風先生の本を挙げていた
それからこの人の本を少しずつ読むようになったのである。

私がインドへ行って三日目、山に行く道すがら先生からこういう質問が出た。
 「野原を歩いているときに、後ろをヒョイッと見たら虎が追いかけてきた。そこで、たまらぬと逃げ出して、どこか安全なところはないかなと、はるか向こうを見ると、大きな松の木が天にそびえている。これだっていうんで松の木に登って、チョイと下を見ると、その松の木の枝の出ている下は底知れない谷だ。
 ここなら虎も上がってこないわ、ここにしばらくいようと思っているとき、ヒョイと気がついて頭の上を見てみたら、頭の上から大きな蛇がお前を飲もうとして紅蓮の舌をペロッペロッと出して近寄ってきた。上に大きな蛇、下に虎。
 そこで、これは困ったというんで、どこかに逃げるところはないかと、ヒョイッと足元を見ると、谷底へ蔦葛が下がっていた。これだこれだ、この蔦葛にひとつぶら下がっていれば、蛇も虎もどうすることもできないっていうんで、蔦葛にぶらさがった。
 いいか。そうしたらば、やれ安心と思ったのもつかの間、手元に何か怪しき響きを感じてきたので、ヒョイと上を向いたら、なんと貴様、そのつかまっている蔦葛の根を、リスめが来て、ボリボリ食いおった、どうする?」こういう質問なの。
 そのままあなた方にも言う。どうする?
 そのとき私はね、あなた方と違って、何べんか、もう駄目だという生死の中をくぐり抜けた後の、いわゆる生死経験の者でありますから、あなた方ほどあわてませんでした。私、にっこり笑ったよ。その時に。どうせ、むこうの満足するほどの返事はできないかもしれないけど、私としてはこう考えた。何もあわてることはないじゃないか。切れるまでは生きているんだから、切れて落っこちてから後のことは、落っこちてから後に考えればいいと思ってね。
 「落っこちるまでは生きておりますから、そのまま安住しております」と言ったら、
 「偉いっ、それなら先々の見込みがあるぞ。それが人間の世のほんとうのありさまじゃ」
 これが人間の世のありさまなんです。気づかないために安心しているんではなく、気づいたときでも安心ができるようでないと、本物じゃないわけだね。ところが、あなた方、気づかざる場合には知らぬことで、我が心を煩わさないから何も考えないけれども、わかったら大変だ、ねえ。
 わかったら大変じゃいけないんですよ。わかっても、我れ関せずの心になり得れば、人間の世界に何の恐れも感じない、実に安心した状態が続いてくる。

まあ、こんなことを言われても凡夫にはなかなか簡単には理解できないのだが、
次のことはいかがだろう

「まあ、いいことだけを絶え間なく絵に描けよ、心に。」
 ただそれだけしか教わらないんだが、心の中で思ったり考えたりすることを、心のスクリーンに想像力を応用して描くと、それが期せずして強固な信念となる。信念となると、それがいつかは具体化するのが必然の神秘なんだ、ということが悟れたわけだ





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