日記HOME TOP タイトル一覧 月別 


不信のとき

Author:伊藤 博文 ( Profile )
心に愛がなければ、いかなる言葉も相手の胸に響かない。
    〜聖パウロの言葉より〜

 ■ 2014/03/23 (日) 一切れのパン


「あなたに一つだけ忠告しておきましょう。そのパンは直ぐに食べず、できるだけ長く保存するようになさい。パン一切れ持っていると思うと、ずっと我慢強くなるもんです。まだこの先、あなたはどこで食べ物にありつけるか分らないんだから。そして、ハンカチに包んだまま持っていなさい。その方が食べようという誘惑に駆られなくてすむ。私も今まで、そうやって持って来たのです」


私は、ラビからもらったパンを思い出し、ポケットの中の包みに触ってみた。
パンはかさかさに固くなっていた。
老人はきっと、随分前からこの一切れのパンを保存してきたのだろう。
よしこれを食べようと思った時、ラビの忠告が私の記憶に蘇った。

「そうだ、彼の言う通りだ」

それに、貨車の中で、飢えに悲鳴を上げていなかった唯一の人間は彼だった。
パンを持っていたからに違いない。

「私は彼ほどの意志力もない弱虫なのか」



今度こそ、ラビからもらったパンを食べてしまおうと決心した。
しかし、数分間とつおいつ考えた挙げ句、私はそれを翌日まで延ばす事にした。
夜は眠るのだから空腹は感じないで済むだろう、と考えたのだ。
私は横になって、死んだように眠った。



林に着くと、私はラビからもらったパンの包みをポケットから取り出した。
ハンカチ包みを目にした途端、私の胃は引きつり、私は熱病患者のように喘いだ。
もしこのパンを持っていなかったら、と私は考えた。
到底ここまでも辿り着けなかったろう。
飢えに突き動かされて、兵士たちに食べ物を乞いに行ったかも知れない。
そして、あの職人のように銃殺されたかも知れない。
そうならなかったと誰が言えよう。

「いや、このパンを今食べてはならない。今はこのパン切れだけが、まだ俺に力を与えてくれる唯一の物だ。立ち上がって歩き出さなければならない。ここで時間を無駄にしては何の意味もない」

私は再び包みをしまい込んだ。



「これが僕を救ったんだよ....」
「まあ、その汚らしいハンカチが?何がその中に入ってるの」
「パン一切れさ」

突然、部屋全体が私と一緒にくるくると回転し始めた。
ハンカチからぽろりと床に落ちた一片の木切れ以外には、もう何にも私の目に入らなかった。

「ありがとう、ラビ」

                  (「一切れのパン」:モンテヤーヌより)













お名前   コメント

ひくいどり ユダヤ教らしい話ですな。 (14/03/23 18:15)
記入なし 教科書に載ってました。「ありがとう、ラビ」ずっと記憶に残っています。 (14/03/23 12:22)


[前] 幸せ | [次] JAPAN


不信のときTOP

タイトル一覧 月別