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無色の妄想日記タイトルを変更しました。 現在、福島県郡山市に仮寓させていただいている。 ありがたいことです。 旅をしている時の状況が時に思い出される。泊まる当てもなく、地図を片手にひたすら歩いた。雨の中、強風の中、雪降る中、そして、暴風雪の中。ひたすら歩いた。歩いている時には不思議に恐怖感や切迫感は無かった。何とかなるという気持ちですね。 今、雨、露、雪、風を凌げる部屋を提供していただいている。このことがどれほど嬉しい事か。実感している。 残された時間がいくらほどあるかは判らないが、残された時間を、自身の身魂を磨くために使おうと思う。スピリチュウアルを学んできているのだから、自身が信じる道を進む。 ただ・・・それだけ。 |
■ 2013/06/15 (土) でくのぼー |
雨にも負けず 宮沢賢治
雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい |
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やまと ともさん ありがとうございます。お蔭様で元気です。 (13/08/19 17:38)
やまと 氷水さん ありがとうございます。 (13/08/19 17:37) やまと 瓦さん ありがとうございます。金属のお皿に乗せてあげています。 (13/08/19 17:36) やまと ふわりさん ありがとうございます。人生色々、人も色々です。 (13/08/19 17:35) とも やまとさん 元気ですか (13/08/17 15:35) 氷水 暑さをなんとか乗り切ってください (13/07/13 21:25) 瓦 すいません 突然失礼しますが 猫のことで。缶はそのままでは非常に切れやすい為、紙の皿のようなものに盛ってやって頂きたいと思います。よろしくどうぞ。いつもご苦労様です。 (13/07/07 12:00) ふわり お久しぶりの更新ですね、いろんな考えの人がいておもしろいです (13/06/18 13:31) やまと 夜曲さん ありがとうございます。 (13/06/15 06:27) 夜曲 やまとさんご健在でなによりうれしいです。 (13/06/15 06:25) やまと モバイラたぬきさん ありがとうございます。私的にはそうでもないですね。外部情報を遮断した環境に慣れてきているようです。社会の動きが判りませんが、それはそれで、またよいのだという感覚です。 (13/06/15 06:16) モバイラたぬき 今はネットが無いと辛いのでは? (13/06/15 06:12) |
■ 2013/06/14 (金) シルバーバーチの霊訓 |
・肉体は魂の道具。魂が本体。魂は永遠。
・この世に生まれてきている目的は、肉体の死後の世界への準備。 ・自分でしたことは、自分で責任を取る。 これだけ子供たちに教えることで、犯罪抑止効果は絶大だと想う。 現世利益、責任の転嫁、他力本願・・・等は、支配の為の詭弁である。 「霊訓」は宗教ではない。知識である。 あたかも、就職活動をしている学生が、目的とする会社の情報を集めるのに似ている・・・と、想う。情報は「知識」ですからね。 霊的真理は「単純・明快」です。「単純・明快」だから、物足りなくなり、「人間的権威」などの修飾して、「宗教」ができている。 日本には、「三歳の童でも理解できることが、八十の翁でも行いがたし」と言う諺がある。真に真理を得ていると想う。 |
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やまと ´З`さん さてさて・・・。平安時代のように、幽界の住人が大挙して押し寄せているのでしょうかね!?混迷した世相ですからね。ありがとうございます。 (13/08/19 17:39)
´З` やまとはん、この世が「幽界」やったらどないしはります?(笑) (13/06/30 00:42) |
■ 2013/06/14 (金) 日々雑感 |
相変わらず、穏やかな日々を送っている。
生きるか!?死ぬか!?の、あのサバイバルの旅をしていた時には、夢にも思わない時を過ごさせて貰っている。本当にありがたいことです。 大家さんは、相変わらず色々と気を使ってくれる。愛すべきおっさんたちは、はじめは戸惑ったようだが、二ヶ月を過ぎると慣れた様だ。 ・常識・非常識 想定外の出来事があった。 下宿近くのごみ拾いをしていて、近くの個人商店の空き缶入れに、拾った空き缶、ビンなどを放り込んでいた。私が通ると、店の主人が飛び出してきて、私を見ているのは感じていた。そして、ある日、空き缶を拾って入れていると、ご夫婦で飛び出してきて、奥さんがヒステリックに叫びだした。まいった・・・!?奥さんのヒステリックな叫び声を聞いていて思ったことは、私が家庭のごみを捨てているのだということらしい。私は、「拾ったごみですよ」と言っても、耳には入らないようだ。ヒステリックな表情は見ていて判る。私は黙って聞いていると、だんだん論点がずれてきている。いつもの事です。コンビニのスタッフとは大きな違いがある。 ご主人のほうは、私が燃えるごみを捨てていると言う勘違いをしていたようだ。 奥さんとは話せないが、ご主人とは話せると思い、その場は謝罪して退散した。謝罪した時の奥さんの勝ち誇った表情は・・・。 印象に残った内容は、「拾ったごみは持ち帰り、分別をして指定日に出すのが常識だ!常識だ!常識だ!」と、常識を連呼する。やれやれ・・・!?ご自身の常識を疑ったことがないのでしょうね。洗脳、刷り込み、誘導の代名詞だと思うのだがね。 要は、拾った空き缶、空き瓶を入れるな!?と言うこと。 翌日、店にご主人が居る時に伺い、昨日の件で話があると言い、インターネットをするかどうかを尋ねた。ご主人は、インターネットをするというので、私が旅人であり、近くの下宿に滞在している旨、そして、旅日記をつけていることを話し、私がどのような非常識な人間かを話した。 循環と言う言葉がある。 出せば還ってくる。 スーパー、コンビに、個人商店・・・等々、商品を出す所は、商品と同時にごみの供給源であることを再認識すべきではないか。だからこそ、店の前にゴミ箱を設置しているのではないか!? ごみのポイ捨て、家庭ごみを捨てに来る輩が居るから(ここで思い出すのが、道の駅のベンチで寝ている時、車で乗り付け、みっともない動きでごみを捨てに来ている輩を見たときのこと。ガソリンを使ってまで捨てに来るものか・・・!?)、「家庭ごみの投棄をお断り」の看板がある。捨てれば拾う、私のような非常識な輩も居る。今の社会では、何が正しくて、何がそうでないのかが判らなくなっているのでしょう。こんな時だからこそ、自身の脳みそは自身で使い、考え、感じ、判断出来なければならない。 印象的なのは、今日、阿武隈沿いのごみ拾いをして、いつのコンビニにもって行くと、コンビニのスタッフは笑顔で、「ご苦労様です」と挨拶をしてくれ、私が、「いつもごみばかり持ってきて、すみません。黙認してくれて助かります(トラブルがあった後だけにね)。」と言うと、コンビニのスタッフは、綺麗にしてくれてありがとうございます」と、返してくれた。 私はトラブルを避けようと考えている。だから、下宿周辺のごみ拾いはやめた。 「郷に入れば、郷に従え」「所変われば、品変わる」 この世には「たまたま」「偶然」はない。起こるべくして起こる「必然」的な事柄ばかりである。 ならば、私が遭遇すべくして遭遇したこのご夫婦から、私は何を気づき、学びを得なければならないのか・・・!? 感情に流されず、冷静に考え、感じ、判断しなければならない。 ・トントン・・・。 5月を過ぎたあたり、ドアをノックする音がする。 私は返事を返し、ドアを開けるが誰も居ない。このようなことが続いた。私だけではなく、はす向かいの住人もドアを開けて、「あれ・・・あれ・・・」と、不思議そうにしている姿を見た。 私は注意深くノック音を聞いた。 この音は、物質的な音(波動)ではなく、意識に感じる音(波動)ではないかと感じる。だからと言って、不気味な感じや嫌な感じはない。あたかも、子供が悪戯にしているようなほほえましい感じさえする。ここは東北である。東北には「座敷わらし」伝説がある。後日、大家さんに尋ねると、この地方にもあると言う。私が下宿させてもらっている所は、昔、大学生が下宿していた建物。多くの学生の想いが染み付いている所です。「座敷わらし」には、色々と言い伝えられては居るが、私の妄想では、その建物に染み付いた人の想念が集まったものであると思っている。それぞれの家もそうです。住人の想念が染み付いている。訪問しても、居心地の悪い家、居心地のよい家など感じることがあるのはその為だと想う。 では、なぜ!?今頃このようなわらしっ子が出てきたのか・・・!? 私が来た時には、はっきり言って汚かった。 大家さんは膝を電気治療している。愛すべきおっさんたちは、「きれいに使ってください」と言う張り紙などどこ吹く風です。 そのような環境では、その環境を好む目には見えない存在が集まってくるものです。そして、その建物のわらしっ子達を隅に追い込み、我が物顔でのし歩く。このような未熟な存在は、そこに住む人間の意識に大きな影響力を持っている。この物質世界に近い存在ゆえにね。 そこに現れたのが、霊的真理を身に纏った放浪おじさん。 放浪おじさんは、「こりゃ〜いかん」と掃除を始めた。目には見えない未熟者たちは、慌てた事でしょうね。なんなんだ〜このおっさんは・・・!?と、他のおっさんを使い、嫌がらせを始めた(このことは、ウンチ騒動で記す)。それでも、放浪おじさんは、霊的真理の盾と矛で、やいやいやい・・・と、掃除をやめない。我が物顔で振舞っていた未熟な存在は居た堪れなくなり出て行かざるを得なくなった。そして、墨に押しやられていたわらしっ子達は、「帰ってきたよ〜」と、走り回っているのだと、私は勝手に妄想している。 このわらしっ子達の為にも、わらしっ子達の環境を維持する為にも掃除は続けようと想う今日この頃である。 ・ウンチ騒動 ある日、用を足しにトイレに入った。 なにかぐにゅ〜っとふんずけたよである。サンダルを上げてみると、ウンチが落ちていた。何で・・・こんな所にウンチが・・・!? 数日後、洗面所の所にウンチが落ちていた。 数日後、和式トイレの、トイレットペーパーの横に、ウンチが塗りつけてあった・・・!? おいおいおい・・・!? また、どんな巨大なホースを持っているのか判らないが、便器周辺が小便まみれになっているときがある。アンモニア臭の強いこと! 発見したときには、それとなく住人に注意喚起をした。 その時に、それとなく、「私が来る前に、このような事があったか!?」を聞いた。ない。と言う人と、ある人が使った後に、それなりの事が有った、と言う答えもある。そして、ある下宿人は、その人とサウナに行った時に、脱衣所で同じ事があったという証言を得た。 ここで思い出す事は、東北地方のホテルに泊まったときに見た注意書き。エレベーターや脱衣所に 「大浴場で便をしてはいけません」 「脱衣所で便をしてはいけません」 「廊下や壁に、つばや痰を吐いてはいけません」 ・・・等々の注意書き。 今利用している郡山のおふろにも注意書きが張ってあった。 はじめは、糞好きの反日種族の組織的な嫌がらせだと感じていた。 しかし、下宿先での出来事で、少し考えを改めた。確かに、糞好きの反日組織の嫌がらせも否定できないが、個人的な性癖もある事ながら、遺伝子的なのもがあるのではないかと思うようになっている。日本人でも、幼い時から持っているタオル、ハンカチなど洗濯をしないで大切にしている人がいる。そのタオル、ハンカチについている臭気を嗅ぐと落ち着くと言うものであるらしい。 糞まみれ、小便まみれの臭気があると、落ち着く人たちがいてもおかしくはない。 しかし、他の人のことも考えるべきである。 下宿は、大家さんの個人的財産である。 借りている(お金を払っている)からといって、何をしてもいいと言うものではない。 きれいに使う義務はあっても、糞、小便で汚していいと言う権利はない。 未熟な存在による、未熟な魂の操作か・・・!? 汚したら、きれいに掃除するまで。その人が気づくと、自ずから行為を変える。 ・からす・野良猫へのご飯やり 相変わらず、鳥たちにご飯をやっている。 こちらでも、カラスがごみを漁り、散らかす事が問題となっている。 この事は、雑談でもよしがのスレッドで議論をしてきた。原因を創ったのは人である。その結果が返ってくると、相手を非難する。まことに、どちらがけしからんのか・・・!? 餌場・住処を奪われ、カラスたちは生き・死にのサバイバルをしている。毎朝、麺類に納豆を混ぜ、卵を落としたものを持って行ってやっている(週に一度程度、焼き鳥のご馳走を上げている。初めて焼き鳥を上げた時、カラスは天に向かい雄たけびを上げていた。初めて食べたのでしょうね。よほど美味しかったと見える。)。今のところ苦情は言われていない。 ある日、恐ろしくやせ衰えた野良猫君を見た。 アフリカの飢餓の子供のように、目だけがぎょろりとしたの野良君。その時は、夕涼みをしていた。缶詰が入ったバックは持っていなかった。ベンチに座り、夕涼みをしていると、気配を感じた。その気配のほうを見ると、目だけがぎょろりとした猫君がいた。じ〜っと、私を見ている。ご飯をもらえないのが判ったのか、やせ衰えた後姿で去っていった。私は急いで下宿に帰り、缶詰を手に引き返し、野良君が去った後の、野良君が通りそうな所に缶詰を置いておいた。翌朝見ると、食べていない。次の日もその次の日も食べてはいない。缶詰のシーチキンは腐っている。四日目。少し齧った後があった。腐った缶詰を回収し、新しい缶詰をおいておいた。翌日見ると食べていた。 「よかった!」(私は、物凄い罪悪感に襲われていた。何で、あの時バッグを持っていなかったのかとね・・・) それから、さばの水煮缶を置いておいたら、シーチキンよりさばの水煮が好きなようで、全部食べている。キャットフードを買った。 毎日、夕涼みの時に置いて上げる。 カラスも野良猫も、原因は人が作ったもの。 かわいがることができるペットだけをかわいがり、その他の命は駆除、排除の対象となす、社会常識に洗脳、刷り込み、誘導された社会常識人間の理解を超えた非常識な私の行動です。 社会常識人間は、その反面、自然を、命を大切にしようといっている。非常識な私から見れば、論理破綻していても気づかない人たちに見える。 ・気象 お風呂に入りに行って、大広間で休息をしていた。 テレビのニュースで、アメリカで巨大な竜巻が発生したとの事。HAARP・・・か〜? 数年前、メキシコ湾で原油流出テロ!?(事故!?)が発生し、メキシコ湾流が停滞したと言うことがあった。 ・大西洋海流に影響を与えた。 ・海流の変化は気流に影響する。ジェット気流の走行に変化が観測されている。 ・気流の変化は、上空の水蒸気の走行に影響を与える。 ・水蒸気の走行の変化は、降雨地域の変化を伴う。今まで降雨があった地域が乾燥し、乾燥地帯に降雨が生じる。 ・降雨地域の変化は、土壌重量の変化を伴う。地下水の走行にも影響する。地上の生態系の変化も生じる。 ・世界各地で陥没が生じているようだ。降雨地域の変化、土壌重量の変化は地殻のバランスを崩す。それでなくとも、HAARPによる気象操作、各国の支配者、富豪連中の為の地下避難施設の設置。虫食い状態の地球表層。 さてさて・・・崩れた自然のバランスは、安定するまで動きを止めない。 ・放射能 一月に郡山に来て以来、モリタリングチェックはしている。 現在は記録はしていない。それでも、目視チェックはしている。 「変わらない」 ただ、それだけ。 ・いろいろ・・・。 色々と書きたいことはあるが、なんだか気が乗らない。もう、そのようなことにはどうでもよいように感じている。すべては仕組まれている。前立腺肥大の爺さんのションベンのように、ちょろちょろと出たり引っ込んだりしている従軍慰安婦問題の蒸し返しもそうです。米兵のレイプ事件が後を立たない。それは、米軍の中に、女は現地調達、という習慣があるから。世界中の軍隊の実態を調べればよい。犯した後、処理をすれば、死人にくちなしです。また、時代背景も考えなければならない。日本は戦後賠償をどれ位したか!?その後の支援をどれ位したか!?を世界に示すべきであり、中国・韓国は、その賠償金・支援金の流れを自国民にしっかりと説明するべきである。現代の意識状態を当てはめることはできないが、反日運動家たち、反日国家は当てはめている。そうするならば、中国はアヘン戦争時の「謝罪・賠償」を、イギリスのエリザベス女王に求めるべきであり、韓国は、中国を宗主国としていた時の「謝罪・賠償」を求めるべきである。そんなことはしないね。自国民を情報統制下において、家畜人間として扱っている。政治家たちは裏では手を握っているのです。 日本を始め、中国、韓国の子供たちの中に、「何か変だ!」「政府・政治家の言うことは何か変だ!」と気づく子供たちが増えてきている。未来の世界築く子供たちです。今までは、「大人の世界の映し鏡」であったが、今後は、子供たち独自の世界を築くことになるでしょうね。調和の取れた世界。お互いを助け合い、補うことができる社会。 地球のテロ国家、テロ支持(指示)・支援国家であるアメリカという国で色々と動きがあるようだ。 暗黒夜考 http://blog.goo.ne.jp/tarutaru22/e/e27940121d91a81aa7a91d1056b15f1b カレイドスコープ http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-2149.html 色々なうごきがあるが、ぽちぽちと、のんびりといきてゆくしかないね。 宮沢賢治風の「でくのぼう」的人間を目指して・・・。 |
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