ヒモと呼ばないで

朝8時を少し過ぎた。
今日は暖かくなりそうだけど、まだこの時間は炬燵がありがたい。

小学生の上二人を送り出し、昨日より少し薄い挽き立て粉茶入りの緑茶を啜りながら、録画したNHKの「いつか陽の当たる場所で」を見ている。

前科(それも殺人)のある主人公の再起の話。
飯島直子さんの明るさの「痛さ」が眩しい。
あんな状況であんな明るさを持てる人、なんて現実には難しいとは思うけど。
・・・いや、いそうで(いて欲しくて)いないから、みんな見るんだよな。

・・・。

粉茶を作るのに、より細かいそれにしようとすると、自分で回すセラミック臼のハンドルがよく滑って外れ、左手の甲をよく切るが、今日はそれすらもスムースだった。

「仕事も決まったし」
自分に言い訳してごまかす歴40余年の身として、今日一日をグダグダ過ごすのに、こんな鉄板な言い訳はない。
そんな余裕が、文字通り些末な日常茶飯事まで浸透して、サクサクと自分を動かしているようだ。

・・・って言いながらも、そんな上手く行くわきゃねえよな、ってどこか感じてる。

何故って、俺のそういう安堵した姿を粉砕することを趣味にして10余年の妻が、すぐ後ろで黙りこくってるからだ。
なんなんだ、その殺気。
どこの剣豪なんだよ、お前は。

「今日、ホワイトデーだよ。あの子たちにお返ししないでいいの」

・・・はいはい、忘れちゃいませんよ。
します、します。
ああ、しますよ、しますとも。

それ以上の言葉を遮るため、そんな思いとは裏腹な明るい声で応えた。
「そうだったね、あとで買いにいくよ」

末っ子と妻が幼稚園に行くのを見送り、さっきよりもっと濃い粉茶入りの緑茶を3杯飲んだ後、俺も外出した。

・・・・ってどこ行くか。
だけど2千円しかよこさねえし・・・でもこれ考えたら、二人分だろ。
絶対足りないじゃん。
下は幼稚園だっていったって、ちょっと可愛いパッケージのチョコだのクッキーだのだって、今時千円じゃ買えねえだろ。
上のお姉ちゃんのに至っては、言うまでもないし。

地元の文房具屋さんを探すも、これというもの見当たらず。
食べ物系は駅前にも、お菓子屋にも、コンビニにもあったから、後ででいいや。
だけど、それだけじゃなくて・・・女の子だし、なんか気の利いた“カワイイ”ものも添えてあげたい。

で、何となく電車に乗り、何となく池袋で降りて、何となく歩いて、何となく無印行って、それからLoft行って・・・。
とりあえず色々買った。

お姉ちゃんは今四葉のクローバーものが気に入ってるみたいだから、そのスタンプと緑のインク。
それに同じく、四葉のクローバーのデコシール(？)・・・あと、そうだ。
帰ったら、もう読み終えた「電車の中で読む詩集(うろ覚え)」もあげよう。ブックカバーもきれいなのあるから、それ付けて。
もう4年生だし、読めるよな。
詩集だから、読むっていうか、感じてくれればいいんだし。

末っ子には、桜のシール。
・・・だけ。
だから、2千円じゃ足りねえってんだよ。
4月から「さくら組」さんだから、本当はあと一つか二つ「桜もの」買ってあげたかったけど。

最寄駅について、行きに見ておいた桜のパッケージのクッキーを2つ買う。
ひとつ、1050円。
今時でも千円で買えたな。
足が出た分は、俺のなけなしの小銭で補ったけど。
500円玉の価値って、こういう時感じるよな。

・・・。

「バレンタインデーのとき、チョコありがとうね」
なんかこんなこと言うの、娘でもちょっと気恥ずかしい。

果たして彼女たちの反応は、すこぶる良好。
よかった。
単純にうれしい。

4歳の末っ子は、まだ拙い字で「パパ、ありがとう」って書いてわざわざ手渡してくれた。
すかさず裏に日付とメモを書いて、ファイル。

こんな宝物がこのクリアファイルには幾つもある。
こんな男でも、こんなすごい宝物が貯まる。
ただ子供がいるだけで、どんどん増えていく。

だけど。

「子供は5歳までに一生分の親孝行を終える」って言う。
そして、親は子供が自立するまでその眩しい、温かい、幸せな体験の後払いを続けていく。

・・・できんのか。
失業し、やっとのことでバイトの警備員にありついてほっとしてる46歳に。
娘にホワイトデーのプレゼント買うのに、あと数枚の千円札すら用意できない父親に。

もう人生の持ち駒を使い果たしつつある、この俺に。

・・・。

「パパ、ありがとう」

20年後にもこう言ってもらえるのか。
正直、わからない。

せめて今は、あの飯島直子さん演じる役柄を見習おう。
痛いけど、それ以上に俺には眩しい、あの明るさを。

幸い、俺に殺人の前科などない。
今はこれでけでもラッキーだと思うことにしよう。
これも持ち駒の一つだと思うことにしよう。