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ヒモと呼ばないで

9年ぶりに帰ってきました。誰か助けて。

 ■ 2004/01/19 (月) 全生園


今日は休日。

午後から、丘陵へ。
…のはずだった。

しかし何故か、体が職場の方へ勝手に向かってしまう。
さらに、不意の車のクラクションに驚くまで、丘陵とは反対方向に向かっていることにすら気が付かない有様だ。

今のところ4日間が連続で仕事をする最長で、今回の休みもまさにそのケース。

しかし、そのたったの4日間で、自分が家から出るや否や、仕事に向かおうとするように(リ)プログラミングされてしまったのかと思うと、無性にイライラしてくる。

とは言え、今来た道をそのまま逆戻りするのも馬鹿馬鹿しく思え、仕方なくその位置から、職場とは反対に向かい歩を進めることにした。

「反対側」を歩くのは本当に久しぶりだ。
「通勤側(時)」では余り見かけない「ゴイサギ」や「ナマズ」、それに30cmはあろうかという「マス」の類と思しき魚(よくわからんが鯉じゃなかった)などを見ながら歩いているうちに、最初のざらついた気持ちも徐々に静まってきた。

先に進むうち、急に交通量が増え、途端に空気が悪くなってきたので、方向を変えて当てもなく歩くと、何やら静謐な雰囲気の公園のような場所に出た。

目前の道を隔てた先に見える看板には「南門」とある。
ってことは、北門とか東門もあるんだろう。
とすると、かなり大きな施設かな。

果たして入ってみると、そこは「全生園」。
明治時代からあるハンセン病の全国的にも有名な施設だ(と思う)。

…入ってもいいのかな。
「自分は怪しい者ではありません」という意識で、向こうからジョギングする人に恐る恐る会釈してみたら、彼が「こんにちはー」の言葉で返答してくれたので、ホッとして中に入る。

すると、これがどうだ。

今まであまり体験したことのない雰囲気が充満していて、そこかしこにある古い建物が「何しに来た」と言わんばかりにこっちを見ている。

元の火葬場跡とか、墓地跡、それに雑木林を開墾した残土を盛った築山から、当時の患者さん達が故郷を眺め涙した…などの悲しい背景のものがさすがに多いから、そんな風に感じたのだろうか。
どれもこれも、道を間違えついでにふらっとやって来た俺には、少々重たすぎる。

広い敷地内のその一画には、教会や仏教の幾つかの流派(?)の施設が集まっているようで、確か北条民雄という作家(?)が、自分のこれからを想いながら、窓から眺めたという「カエデ」(?)の木もあった(どれもチラッと見ただけだから正確じゃないです。失礼)。

先に進むと「寮」と書かれている背の低い平屋の建物がズラッと並んでいる一画に出る。
生活の臭いをありあり感じる。
まだ闘病されている方たちの住まいなんだろうか。

すると急に、本当に無許可でここに入り込んでよかったのか、と再び不安になるが、そのピークと共に、妙に気持ちが高揚し、そのまま散策を続けることにした。

納骨堂を見つける。
今までここで吸い込んできた空気の集大成だ。
心の準備なく迷い込んできたことをお詫びして、再度気を静め、深呼吸をして、亡くなられた方のご冥福を祈り、お輪を鳴らし…そして、手を合わさんとする、まさに、その瞬間。

今までの、静かで、俺にしたら貴重ですらある殊勝な気持ちをぶちこわす携帯の着信音。
妻からだ。
内容は電話を取るまでもない。
「今どこー。早く帰ってきてご飯作ってー」的なことから一歩も出ることはあるまい。

舌打ちしながら電源を切り、踵を返し納骨堂から一度出る。

と同時に、頭の中で、妻を滅多打ちにした。
5発、いや10発は殴ったか。
それでも気が晴れない。

何で、この瞬間のタイミングなんだ。

清流を求めて、下流から上流へ遡っていき、やっと湧水を見つけ、それを両手にすくい、まさに口に付ける、その瞬間、その手を払いのけられた感じ。

もう一杯すくえばいいって。
水を飲む目的は果たせるだろうって。

…あっさり言ってくれるよ。

ああ、すくったさ。
俺はもう一度、すくってみたよ。

でも、最初に足を踏み入れた時のような、静かな気持ちにはどうしてもなれなかった。

乱れた心のまま、亡くなった人に手を合わせた休日なんて最悪だ。

また行かなくちゃ、全生園。

その時には、携帯の電源は絶対切る。

絶対。




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