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ヒモと呼ばないで

9年ぶりに帰ってきました。誰か助けて。

 ■ 2003/12/13 (土) 転倒


妻の出勤と同時に娘も義母の元へ。
俺の生活もそれに合わせいつものパターンに戻る。
と言っても、あと2日だが。

午後から丘陵へ。
ふもとから見上げる丘陵は、ヒンヤリした冷気を山全体から放射している。
いよいよ近づくと、ある地点からまるで境界線を引いたかのように、はっきり「ここから」と分かるくらい急に寒くなる。
こんな強い冷気を感じるのは今季初めてだ。
なんだかウズウズして、歩くスピードも自然に上がってくる。

ところが実際に一歩山に踏み入れてみると、昨日の雨で足下はぬかるみ、滑る。
頼みの落ち葉も、風雨で落ちたものが表面を覆っているためか、それ自体黒く汚れて濡れ滑り、もはやかつての「絨毯」からはほど遠い。
「かつて」といっても数日前なんだが、もうその時とは全然状況が違う。
それでも上りや、葉の多い所は何とかなるが、落ち葉の少ない下りになると、もうだめだ。

まるでスキーの「ボーゲン」のような格好で、一歩一歩内股で、足下を確かめて降りる。
その間は、日を受けて輝く木々はおろか、大好物なはずの(疑似)潮騒も殆ど耳に入らない。
ただ「転ばないように」を考えて歩く。

やっと幅の広い平坦な場所に出て初めて、周囲を見る余裕が出る。

すると、少しも歩かないうちに、一瞬「雨?」かと思う音に囲まれる。
しかし、雨などではなく、なんとそれは風を受けて葉が落ちる音。
足を止めて、じっくりその音を味わうことにした。
すると、枝にしがみついていた葉が強い風に一気にはがされ、今度はまるで本当の雨のように、最初は遠くで横殴りに流れて行ったかと思うと、それからそれが徐々にこっちに近づいて来る。
一気に来るかと思いきや、それは方向を微妙に変えながら滞空時間を競う紙飛行機のように漂い、最後にはそれに加え後ろからや近くの落ち葉も加わって、全身にシャワーのように降り注ぐ。

この音といい、風の感覚といい、何と気持ちのいいことか。
何故、もっと早くこれに気が付かなかったのだろうか。
恐らく「すでに、そこにあった」はずなのに。

「今日も来てよかった」と思いながら、尾根に再度上がりもう一度獣道を下りるコースをとる。

そこで俺は転倒する。
ちゃんと「ボーゲン」歩きで、ジグザグに刻みながら慎重に下りたはずなのに、ズルッと。
情けない叫び声のおまけ付きで。
幸いケガはないが、アメ横で数年前に買ったカーゴパンツと、肘から上は泥だらけだ。

瞬間、CMの映像が頭をかすめる。
何のCMかは忘れたが、「見上げてごらん夜の星を」のヤツ。
平井堅と故・坂本九が一緒に演っている、デジタル技術の力をあらためて感じさせるあれだ。

夜に星を見上げるには「平地」か「緩い上り坂」である、という条件は必至だ。
「上を向いて歩こう」も似たようなもの。
そう言えるということ自体、「平坦な道」か「(緩い)上り坂」にいる、ということを表している。

俺はそうじゃない。
下り、それも雨でぬかるむ道を下ってるんだ。
それも獣道の。
「下る」こと自体、引力に引っ張られてるんだ。
そこでは「立ち止まる」だけでも、かなりの力が要るんだ。

そんな状況で、上なんか向いて歩けるか。

足下に気を付けて、慎重に歩いても転ぶんだ。
上を向けだなんて、無茶言うな。

何が「癒し系」だ。
ぬかるんだ下り坂を歩くような人を癒してこその「癒し系」だろ。

あの時も「尾根からもう一度獣道を下りる」なんて事はせずに、そのまま「景色の良い平坦な道」を選んで帰ればよかったんだ。
それなら他にも数カ所あるはずだし。
「ほんの数日前でも、今とは全然状況が違う」って分かっていたのに、軽く見たんだ。

…今の俺も、この「獣道」を行こうとしているのかも。

きっと転倒する。
警備なら経験もあるし、何とかなるなんて思ってる。
…だけどそんなに仕事って甘いもんじゃないよな。
当たり前だ。

里山で滑る、どころじゃない転倒になるかもしれないんだ。

そもそも「里山」で充分幸せなのに、何故下りる必要がある。
里山の「平坦な場所」にいて、満足してる俺がそんなに不愉快か。
どうしても、俺が転ぶところが見たいのか。

さぁ「上を向いて歩こう」と出来もしない俺を無理矢理引っぱり出しておいて、予想通り転ぶと「何してるの」って言うんだろ。

後2日しかない。
後2日で、転ぶんだ。
ボーゲン歩きでも転ぶんだ。

考えすぎだろうか。
でも、今日を境に「ここから」っていうくらいはっきりと、強い冷気を感じてる。

ウズウズなんかしない。
ただ寒いだけだ。



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