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日々の記録


 ■ 2008/07/26 (土) 暗澹たる気持ちが募るばかりの日々


前回の書き込みから早2ヶ月以上が経過してしまいました。まだ春真っ盛りだった前回書き込み時から季節は本格的な夏になってしまいました。もう学生は夏休みに突入した頃でしょう。それどころか今年も半分が終わり下半期に突入しました。今年の上半期は1月から3月末まではアルバイトとはいえオフィスでの勤務をしており、それなりに充実した日々を送っていたと思います。ただ4月からの次の就職先が決まらなかった事を除けば。それから約3ヶ月、就職活動を継続しているものの暗澹たる日々が続いています。今になるとオフィスの中で働いた事など単なる退屈凌ぎに過ぎず、これっぽっちも自分自身のステップアップにはならなかったのではないかと思う事があります。

年齢的な問題を含めもう今の自分は正社員としての仕事に就かなければならなくなっており、正社員登用有のアルバイトから純粋に正社員募集という所まで応募して面接に臨んでいますがことごとく鳴かず飛ばずに終わっています。昨年5月以前と比べれば幾らか勤務経験があり、実際の仕事のやり方や他人とのやりとり等理解している所もあって、こういった事を応用・活用させる事で一ランク上の仕事におけるステップアップにつなげていこうと思ってはいるものの現実にはこれといって役に立てられるものではなかったりするのではないか、と不信感を覚えたりしています。

大分前の話になってしまいますが、今年のゴールデンウィークも昨年同様あまり楽しいものではありませんでした。21世紀に入ってからというもののゴールデンウィークが楽しかった年など全くありません。5月半ばからのアルバイト勤務が決まった昨年は「来年こそはいいゴールデンウィークを過ごすぞ」と思っていたのですが、一年経ってみた結果は変化無し。昨年は翌年こそは今までとは違う日々を過ごせるようにしようと思って一日一日を充実したものにするべく勤めましたが、年度変わって一月以上が経過した今を見ると昨年から今年3月末日までの努力も大した役にも立たなかったとしか思えてなりません。毎日がゴールデンウィークあるいはお盆かつ年末年始状態というのも本当に飽き飽きする以外の何物でも在りません。私の場合は一緒にどこかに出かける事の出来る親しい友人もいないだけに休みに出かけようが平日に出かけようが変わりが無いというつまらない日常に外ならず、何時になればこのような日々から解放されるのかと嘆きたくもなります。

それどころか今年の夏も去年同様に楽しいものにはならないような状態が濃厚になっています。上記のように現在の所私は親しい友人が誰一人としておらず、また恋人に至っては論外という有様です。親といる時間があまりにも多くて、親以外の人との会話もほとんどが事務的なもの(ハローワークの求人受付等で)ばかりで腹を割って会話の出来る相手がいないがために精神的な苦痛になって仕方がありません。大学院時代にゼミで一緒で一応親しくお付き合いしていた方々も今やどこか別世界の人という感じになってしまい、自分以外(当たり前ですが)で心の支えとなってくれる人は誰もいません。精神的にも暗澹たる状態が続いており、一体どうすればこの状態から抜け出せるのかいいやり方が見つからず日々鬱屈としています。

自分のヘタレ過ぎる所やお粗末過ぎる所を見ていると、イライラする事この上無いのですが、実際自分のやっている事がこういった要素に見事にフィットしている現実があるので、ますます暗澹たる思いになります。30になっても年齢に応じた事がやれていないというのが元凶だと思っているのですが、脳内で想像している自分の姿と現実にある自分の姿のギャップが甚だしくそれもまた自分の精神に大きな負担を及ぼしています。

私は現実から逃避して、脳内で自分の事を軍高官や政府高官と思い込んで脳内ストラテジーゲームに耽るなんて事はしていませんが、現実の自分のやる事なす事ヘタレ極まりないだけに現実を認めたくないと思う気持ちで一杯です。家では空気の読めていない言動を繰り返して親から注意を受けるたびに、たまたまそういった事をやっただけで本当の自分はそんな事をしないと言いたくなる事が多々ありますが、脳内美化された自分のイメージが先走っているといえるのでしょうか。自分でも理解しがたい所があったりします。

先月頭の秋葉原の通り魔事件や最近の八王子の啓文堂書店での殺傷事件の凶行をやらかした連中だったり近所ともいえる川口の父親殺しの女子中学生に近いという事を言われるといささか嫌な気分にもなりますが、自分も凶行までには至ってはいないもののきつい事を言った相手に殺意に近い感情を抱いたりする事があるのでギリギリの所で踏みとどまっているとも感じられます。しかしながら自分とは無関係の人間を自分の人生が上手くいってないという理由だけで殺害するというのはしょうもない奴だとしか言いようがありません(勿論自分の肉親や知り合いを殺めてしまうのも同じですが)。そういった連中は独裁者的な絶対権力を手にしたいという気持ちでも持っているのではないかと思う事があります。自分も鬱屈とした現状に嫌気がさしている事もあって、社会の下の下にいるよりもスペースオペラものに登場する宇宙艦隊司令官や軍参謀長あるいは国家の最高権力者といったものに対する憧憬が強かったりしますので色々と考えたりする事が度々あります。またネット右翼やネット弁慶と呼ばれているネットでは強気な態度をとっているけれどリアルではどうしようもないという方々に対しても同様ではないのかと思ったりもします。

私は両親と旧公団(現都市機構)の団地に住んでかれこれ20年近くが経過しましたが、私があまりにもヘタレ過ぎるばかりに団地から一戸建てもしくは分譲のマンションにも住む事が出来ずに、いずれ親が定年を迎えて退職するかで家賃も払えなくなり出なければならなくなると思っています。天下に大号令を発するくらいの大人物になりたいと妄想していた人間のなれの果てが家を潰すという事は情けない事に他なりません。SFやアニメ、漫画にひたっていたのも妄想を巨大化させることによって脳内武装するためだったと思えてなりません。純粋に趣味と割りけれなかったのかもしれません。

2004年3月に大学院を修了しておよそ4年4ヶ月、その間は昨年5月半ばから今年3月末まで某大学にて事務補佐員としての就業経験もありましたが、ほとんどが不毛の就職活動の日々でした。おそらくこの日々はまだしばらく続く事になるでしょう。恋人はおろか親しい友人も居らず、SFや宇宙関連の書籍に漫画、趣味関連のネットを心の支えとして陰惨な現実に対する不満解消の手段としてきましたが、そういった事もやれなくなろうとしています。以前の日記にも書きましたが、10代や20代といった時期を自分の好きな事にうつつ抜かして棒に振ってしまった事のツケは非常に大きすぎました。若い日に犯した過ちが故に、多額の損害賠償やら慰謝料を請求されてしまいその支払いに残りの人生全てを費やさなければならないといった状態にも感じられます。事実大学院時代に借りた奨学金の返済が未だに出来ていないというのも、そう感じられる所だったりします。大学の事務補佐員としてのアルバイト勤務でもほんのしばらくの間の自分の生活費や年金関連の貯金にしかならず、まとまった収入が欲しいのですがその収入を得るための仕事が見つからないという辛い現実が重くのしかかっています。

昨日と今日にわたって今月に応募した所から不採用の連絡を受けました。このままでは今年の夏は今まで以上に暗澹たる夏になりそうです。


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記入なし 今、何どうしているのだろうか? (11/11/27 16:33)
(´・ω・`)しょぼんぬ お久しぶりです(´・ω・`)ノシ長いので、また印刷してじっくり読ましてもらいます。楽しくするのもしないのも、全て自分しだいです。楽しみがやってくるのを待つぐらいなら自分から何か楽しそうなことをやってみる。 (08/07/27 13:12)


 ■ 2008/04/29 (火) 思春期は永遠に続かない


今月の第3週は曇天で雨の日が続いており、気持ちもどんよりしそうな感じでしたが、私の心はそういった天気以上に曇っております。色々自分としても今後の人生について考えて行動を取っているのですが、なかなか上手くいっておらず親からは「もうお前のやり方はダメだ」と言われて激昂して自分の携帯を床に投げつけて壊してしまったり、椅子や床に平積みされている本などを蹴っ飛ばしたりする事がありました(携帯に関しては別の物に買い換えるという事に・・・)。

私が無職状態に戻ってからそろそろ一月になろうとしています。いつも書きたくないのですが鬱屈とした気分を感じない日々などありません。先月末まで私は某大学における事務補佐員というアルバイトに従事しており、その仕事からさらに発展した形でアルバイト以上の契約・嘱託乃至は正規の職員として時間給ではなくしっかり月給という形で給料が支給される職業を4月に就こうと思いアルバイト期間中に就職活動を展開して結局失敗に終わった事は前の日記で記した通りですが、4月を過ぎて以降私のアルバイトとしての働きなどその上のランクにて働く際には役に立ちそうなものではないのではないかと思うようになりました。

自分としては高い勤労意欲を持って働いてはいたけれど、実際に従事していた仕事といえば頭を使ってするものより作業に近い内容でした。とはいえ何もしないよりは良く、正規の職員がどのような仕事をしているのかを見る事も出来たので勉強にはなったと思いますが、学内外における会議等においては世話係といった仕事をしたりした訳ではないのでそれだけ直接事業の運営にかかわるような事をしていた訳ではありませんでした。やはり面接という場においては仕事において何を成し得たかが問われるので、私のように誰でもやり方さえ解かれば出来るような作業をやっていた人間など1年間という期限付きであったとしても月給18万を払う価値がないのでは、と思ってしまっています。

最近の私は小学生よろしく早寝早起きや部屋の片付けを言われる事があり、それが自分にとっての悩みとなる日々であったりします。とはいえほとんど物置同然の状態で猫の額ほどのスペースで書類を書いたり色々な事をしていましたが、色々整理する事で元々の広いスペースを使えるようにはしました。その一方でかつて机の上を占拠していたファイルや書類等を入れた書店の紙袋が床の方に移動し、またそちらを如何にして整理していくかという課題が残っていますが。

これも前の日記に書いたように先月で私は30となりましたが、いくら自分は心の中ではまだまだ思春期謳歌中だったり永遠に15〜18歳くらいの気持ちを持って生きていくぞと思っていても、社会の自分に対する目は10代や20代の頃とは変わってくるという事もひしひしと感じる事があります。過去の日記にもあるように私は10代〜20代半ばくらいまでは人生のモラトリアムを謳歌しまくりでした。今を楽しくかつ将来もそうして生きていたいという気持ちを強く持っていました。しかしながらここまで来ると10代後半から20代の半ばあたり(つまるところ大学、大学院時代)にかけて楽しんできた事を継続する事がいささか難しくなってきています。それは過去にやってきた事に飽きを感じているという訳ではなく、自分の社会的立場のような社会における有形無形の制約が自分の周囲に迫っている事が感じられるからです。永遠の思春期にしがみついて自分の好きな事だけを追い求めていても現実の圧迫はすぐ傍まで迫っており、こちらから目を背ける事はもうそろそろ出来なくなるでしょう。学生時代における文化祭乃至は夏休み気分でいられる時間は終わろうとしている、いやもうすでに終わっているのかもしれません。

以上の事は自分が現在机周りの整理を行っている中で感じられた事です。今や人生は80年、人によっては100年というケースもある訳ですから常に新しいものが生活の中に入って来る訳で、となると要らないものも出てきますのでそれをいかに処分してその空いたスペースに新しいものを入れていく事をしなければならないのでしょう。余程大金持ちで広大な敷地に邸宅を構えどんなに沢山モノを溜め込んでも収蔵できる余裕がいっぱいならともかく、限られたスペースで生きている人間にとってはモノを取捨選択する事が出来なければ社会を生きていく事は出来ないのかもしれません。私も今その事に結構苦しんでいます。何せ今使っているパソコン自体もとっくに旧世代のものとなっており、古いものとなればおよそ10年前のファイルが在り、なおかつ殆ど死蔵ファイル化しているものもあって、こういったものもこれからは潰していく必要もあるんじゃないかと思っていますが、なかなか実行するには至っておりません。大容量の内臓ハードディスクを搭載した最新型に買い換えたいと思う事は度々ありますが、資金面での問題はおろか現在の自分の立場もあってそれもまだしばらくは行えない状況です。


今回日記を書くにおいて私が参考にしたサイトは以下の2つです。

三十路オタクの人生点検
http://www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/hpfiles/otaken/30ota.htm
オタク中年化問題
http://www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/hpfiles/otaken/chunen_ota.htm


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アニキ 30で正社員の職歴なしとなると厳しいかなあ、、かといってここの日記に書いてあるような感じでモヤモヤしながら引き篭もっても何の生産性もないし。。とりあえず性根を叩きなおす為に引越し関係などのバイトでも経験してみては (08/04/29 23:38)
通りすがり 通常はROMるだけなのですが、余りに甘ったるい文章が羅列されていて、こりゃだめだと思ったので敢えて連投します。投資はリターンがあるからするものですよ。PC買って何のリターンがあるんでしょうか。さて、既に楽して稼げる企業への入社は不可能な年齢ですので、その辺りを自覚すれば、苦しくとも人並みの生活は可能でしょう。逆に、今プライドを捨てられなければ、状況は悪化する一方です。”誰かに頼る”というのはプライドを捨てているのではありません。なぜなら代償を何一つ支払っていないためです。通常、世間ではそれを”単なる恥知らず”と申します。現状では、貴方の社会人としての価値は皆無に等しい(中傷ではありません。就職できないのがその証左です)ために、根本的に考えを改めることです。ご両親が仰りたいのはそういうことでしょう。ご両親の為に、どうぞがんばってください。 (08/04/29 21:39)
(´・ω・`)しょぼんぬ う〜ん…日記読んで思ったことは、とりあえずパソコンを新しいものに買い換えてみる。思い切り最新のがいいでしょう。それだけでも、何か新しいことを始めるというきっかけになります。自分への投資、という意味合いも含めて。 (08/04/29 20:04)
通りすがり いやあ…やり方が間違ってるから何も起こらないのでしょう。過去の日記を全てを拝見する限り、成長なんかしてらっしゃいません。ご両親の仰りようは実に的を得ていると思います。 (08/04/29 19:08)


 ■ 2008/04/13 (日) 無職に戻ってもう2週間近くが経過


昨年は365日あった内のたったの3日しか日記をつける暇が無く、相当いい加減なものになってしまいましたがそういった事を反省して今年はもっと多く日記を記していきたいと考えています。とにかく何か書くネタがある限りは・・・・・。


無職状態に戻ってから2週間、その間も私は行動する所は行動をしていましたが、仕事していた頃が懐かしく思う事が度々あり、家の中でくすぶっている自分を思うと虚しさがこみ上げてきます。

アルバイトという形であれ、一度仕事に就くと平日の昼間は働いている方がいいものだと感じられました。大学生の頃は朝早くから通学せずに昼間から通学するという事に大学生としての特権といったものを感じていましたが、今となっては「ウィークデーは働かなければな〜」という気持ちであったりします。高校生から大学院生であった頃までは夢中になったテレビやラジオの深夜番組やテレビのゴールデンタイムの番組がいくつかありましたが、今となってはそういったものが少なくなりました。とりあえず見るものがないから惰性で見ているようなものもあります。

学生時代は昼夜逆転生活を送っていながらも今となっては理解出来ない楽しさを味わっていたのですがそれもある時期までしか続かず、院修了後にろくな準備もなく就職活動をするようになってからは全ての事に鬱屈感を感じてしまい、藁でも縋る思いでとっくに出てしまった大学の恩師やドクターの方や同期の人に手紙を送って何らかの援助やら応援を期待したりもしたのですが、あまりそちらは期待通りにはなりませんでした。4月になってからもかつてのゼミ時代の方々とはメールでのやり取りをしてはいるものの、アドレスが変わったか何かで送信不能になった人や明らかに届いているはずなのに返事が返ってこない人もいたりして益々孤独感に苛まれてしまっています。4月に出したメールで返事が返ってきた人は今の所たった一人、私の在籍中はドクターだった方です。

ちなみに先月末まで私が働いていた間は、あまり鬱屈とした感情を覚える事はなかったのですが職場での仕事はそれなりにやれていたと考えられるのに、家では職場で身につけた事が何も応用・活用出来ないダメ人間でしかなくそれが苛立ちにつながるという事がありました。勤めていた職場では多くの事を学び別の職場で働く際にも役立てられる事もあって、面接の際にはそれを強調する事で自分が今すぐにでも使える人間出るとアピールしましたが効果は皆無に近く、実生活の場でも殆ど役に立っていません。昨年の初め頃あたりまでのただ闇雲に就職活動をしていた頃と比べれば成長したと言われた事もありますが実感が沸きません。もしかしたらやれたと思っている事は自分の思い込みであって、実態はどうしょうもないヘタレに過ぎないのではと思ってしまいます。

前述した今や故人となった恩師や大学院時代の方々に送ったメールにて応援や援助を求めたりしたように、私は親以外の誰かに自分に愛の手を差し伸べてくれと叫びたくなる時があります。それだけ自分は就職の失敗や無職状態に戻ってからの2週間近い間においても精神的には追い詰められている状況だったりします。親しい友人も皆無である今は結局の所一方的に受け身な生活になっていたりもするので、お先真っ暗に感じられる所が多くあります。



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(´・ω・`)しょぼんぬ 成長した、と少しでも感じれたら、収穫があったとみてよいかな、と。 (08/04/19 16:36)
long time not see 今までに貴方の日記を読まれた方々のコメントを呼んで、それを励みにしてください。 (08/04/14 23:48)
いもり あなたはちゃんと働いてそれなりに評価得た、素晴らしい事じゃないですか。私は家事はそこそこやれるのですが仕事では使えない奴でした。人それぞれですね。 (08/04/13 23:02)


 ■ 2008/04/06 (日) 新年ならびに新年度最初の日記、先行き暗澹な日々ふたたび


かなり前から日記の体を保たなくなって久しいですが、新年ならびに新年度最初の書き込みです。

昨年5月から私はとある大学(名前はそれなりに知られている所です)の事務補佐員(アルバイト)の仕事に就いて働きましたが、それも今年の3月31日までの契約という事もあって今は無職の状態に戻ってしまいました。契約の関係上3月31日までに次の仕事(別の仕事)に就かなければならなかったので就職活動を展開しましたが、受ける所受ける所不採用続きで4月1日から別の職に就く事もままらなず、無職状態からの求職活動を行わなければならなくなってしまいました。今となっては期間限定のアルバイトとはいえ働いていた時期が懐かしく思えるほどです。

ちなみに私は3月半ばで満30歳になりました。結局20代は前半は大学院に籍を置きながらも、研究そっちのけ自分の属する大学を含め学会発表や研究紀要を含む論文発表を一度もする事無く4年も大学院修士課程に所属して漫画やSF、アニメに音楽鑑賞にゲームにインターネットと自分の好きな事に全てを捧げまくった挙句に院を半ば放り出される形で修了、修了後にあたる後半においては慌てて就職活動を行うも正規・非正規採用を含めて3年かけて200以上の所を受けるも全て不採用、昨年からは就職活動のやり方を改めてアルバイトをしながらの就職活動に切り替えるも結局芳しい結果を出せず、というダメな人生で終わってしまいました。結局彼女も出来なければ新しい友人も作れず、昨年5月半ばから先月末までのアルバイト勤務の間を除けば孤独を背負った人生だったと思えてなりません。

アルバイトとはいえ仕事に就いていた時期は自分としても真面目に職務に取り組み、お世辞か私を気遣ってかはわかりませんが、職場における私の評価も悪くはなくむしろ良い方に評価されていたと思います。にもかかわらず就職活動で受けた先はこの10ヶ月半の中で展開してきた事が全く反映される事はありませんでした。この10ヵ月半はそれ以前の就職が決まらなくて苛立ちや鬱屈が積もりに積もっていた3年間と比べても生き生きとしていたと感じています。一応職務経験があるだけに就職もそれなりの所からは内定がくるものと思っていましたが、結局10ヵ月半の勤務期間に受けた所は全滅、契約満了の後に別の仕事に就いて4月1日から気持ちも新たに勤務という流れを作る事は失敗に終わってしまいました。

私の今までの人生は失敗に彩られた人生で成功経験など無きに等しいのですがこうしてまた失敗の歴史を作ってしまいました。これほどまでに成功とは無縁の人生を送っているばかりに無職になってからというもの鬱屈とした感情を覚えてばかりいます。そこまで自分は評価されないのかと思うと益々苛立ちが募る事もあります。

話は変わりますが、昨年末に大学・大学院と6年にわたってお世話になった指導教授が病で亡くなってしまいました。昨年夏から闘病生活を続けていたようです。その闘病生活に入る前である昨年の今頃に近況報告を兼ねて書いた手紙は指導教授に送った最後の手紙(便箋4枚にわたって綴りました)となりましたが、もう院を追い出される形で修了して3年も過ぎてから私は在学中は本業を疎かにして漫画やSF、音楽鑑賞にふけりまくって奨学金や親からも学資援助も有効利用できず、現在も趣味の事に触れると感情が爆発して物にあたったりするという事を述べました。その手紙の中では申し分程度にアルバイトでもいいから仕事に就くと述べてはいましたが、本心としてはこれほどまで苦しい生き方をしている自分に愛の手(=自分のプライドを満たせそうな就職先を斡旋)を差し伸べて欲しいという気持ちがありました。その後返ってきた恩師からの手紙では、ほとんどの事はスルーされ(わざわざ一文一文に返事を書くだけ時間の無駄と判断されたのかもしれません)、無償のボランティアでもいいから働いてみる事をお薦めする事と冷静に自分の力を見て自分の出来そうな事からやってみるべきという感じで書かれていました。また私が自分の趣味の扱いに悩んでいると書いた事については、職探しに疲れた際に楽しむ事は大いに結構だが何もせずに趣味に没頭してはそれこそ趣味が泣くとおっしゃられた訳です。

その手紙を頂いてしばらくした後、某大学での事務補佐員としてのアルバイト勤務が始まり忙しさのあまり私は恩師に手紙を送る暇すらない日々が続きました。忙しさだけではなく複数の事を同時進行で出来ないという不器用な所もお見舞いの手紙すら遅れないという醜態になってしまいました。私は最後の最後まで指導教授に大変失礼な事をしてしまったと今でも後悔するばかりです。どんなに我が身が零落して身なりが今以上に貧相になったとしても恩師の最終講義は出席すると以前から自負していましたが、それすら叶いませんでした。私が恩師に自分が一人前の社会人として自立していく事を伝えられなかった事は痛恨の極みですが、逆に考えてみると恩師が私が現在以上に零落してそれこそ底辺の底辺を這いつくばる姿を見る事にならなかったという事は幸せだったのではないか、と不謹慎な事も考えてしまったりもします。

その昨年末の恩師の告別式に出席した際には、大学院時代のゼミの同期の方やドクターの方とも久しぶりに会ったのですが、みんなきちんと自分の道に進まれており、かろうじて自分は期間限定の仕事に就いているだけマシという状態で情けない気持ちでした(その仕事ですら今年の3月31日で契約切れで終わってしまったのだから今思うと余計に情けなくなります)。

しかしながら私にとって親以外の大きな心の支えを失ってしまった事には変わりありません。ゼミに所属していた同期の方やドクターの方はそれぞれの道で忙しい日々が続いている事は察しがつくだけに、なかなか再び会うなんて事は出来なかったりします。だったら大学院在学中に人脈作りに励んでいればよかったのにと思うこともありますが、今更後悔しても何の訳には立ちません。他の人達はそれなりの道に進んでいるのに、私は相変わらず職も決まらずにくすぶり続ける、こんな状況が続いているとうんざりするばかりです。

これまでの人生においてこれといっていい事も無いまま20代も終わり30になってしまいました。大学院に進んだ西暦2000年頃の私は将来は薔薇色且黄金色に輝いているものと思っていましたが、それから8年も過ぎた今となっては宇宙の暗黒以上に漆黒の闇に包まれているという暗すぎて他ならないという状態に陥ってしまいました。これから将来の事を思うと暗澹たる気持ちにすらさせられる今日この頃です。



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(´・ω・`)しょぼんぬ こんばんは(´・ω・`)ノシそしてお久しぶりです。少しずつでも、今後の見通しが立っていきますように。新年度だし、今がいいチャンスではないか、と思います。 (08/04/07 00:21)


 ■ 2007/12/31 (月) 2007年もついに残すところあと20数時間となりました


前に書き込んだのが8月末でちょうど20代最後の夏だったわけなのですが、それからおよそ4ヶ月。季節も秋から冬になり、2007年も残す所後20数時間となってしまいました。

今回の書き込みを含めれば、今年私がこの日記を書いたのはたったの3日(!)という事になります。

今年は大学事務のアルバイトについて週5日働くようになり、ライフスタイルも採用の決まった5月半ばを境にライフスタイルにも変化があり、それ以前よりも忙しくなった感もあります。職も決まらなかった時期はネット利用のためPCに向かっている時間が一日のかなりの部分を占めていた事もありましたが、アルバイトとはいえ仕事についてしまうとなかなかそうもいかなくなりました。昨年もこのサイトを利用する頻度は一昨年よりも少なかったのですが、今年は全くアクセスしない時期もより多くなりました。ただただ退屈凌ぎのためのネット利用というのは自分にとってプラスに働いていたとは思えなかったりします。他のブログやホームページにも5月以前と比べて訪れる頻度が低くなった所も数多存在します。もし今現在も何にも就いていなかったら私は昨年と同様に、ネットに自分を埋没させる人生を送っていたのかもしれません。まだまだ未熟とはいえ、自分もネットについて幾分客観的に見れるようになったとは思っていますが。確かにネットは宇宙のように広大でありますが、かつての私のように心に鬱々としたものを抱きながら使うのであれば広大な密室に自分から閉じこもっているだけに過ぎなくなるのでしょう。

今年の自分自身を振り返ってみると、私はどうしようもなくヘタレな人間であるとしか言いようがありませんでした。自分は職場ではそれなりに頑張っていると思っている所がありますが、その頑張りというのも自分の現年齢に則したものであるのかと考えれば疑問符が付いてしまいます。親を含めまだまだ人の話を理解できない所があって、それゆえに結構な苦しみを抱く事もあります。時に自分の事を漆黒の闇に包まれて光を見出せない状況に置かれていると思う事がありますが、確かに闇は深いです。今年は働きながらの就職活動をしているのですが、面接まで進んでも怖気づいてしまって喋り方がどもってしまいたどたどしいものになってしまい結果不合格に終わってしまうなんて事もありました。実際働く中で他人とはそれなりに会話をしていますが、大事な場面では醜悪な姿をさらしてしまうというのが自分の現状だったりします。前の日記でも述べたように脳内で思い浮かべる自分の理想像(というより妄想像と言うべきか)とのギャップがあまりに大きすぎて、鬱屈とした気分を味わう事もあります。たまに私はネットでヘイトスピーチを垂れ流している連中が心に抱いているものと近いものあるいはそれと似通ったものを抱いているのではないかと考える事があります。私の見る限りでは、そういった連中の中には自分の事を物凄いエスタブリッシュメントであると思い込んでいるような輩も含まれているように感じたりしますので。

ともかく私は今まで遣り残してきた事を短期間のうちに始末しなければならなかったのですが、決して多くのものを片付けられたとは思っていません。来年も自分が今までの人生で溜め込んできた負債の処理に悪戦苦闘する事になるかもしれませんが、今年以上に実りのある年に出来れるようにしたいと思うばかりです。よいお年を。


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(´・ω・`)しょぼんぬ お久しぶりです(´・ω・`)ノシ今はどうされていますか? (08/02/16 01:19)
和牛 ほんと、おととしの年末と較べるといい感じですよね〜 (08/01/04 21:55)
ぺけぽむ だいぶマシになってきたね。今の職場で正職員雇用とかないの? (08/01/01 10:56)


 ■ 2007/08/26 (日) 8月も残すところ後僅か


こちらに書き込むのもおよそ5ヶ月ぶりになるのでしょうか。もう8月も残すところ後僅かとなりました。この5ヶ月近くの間にも自分の生活が少しばかりの変化もありました。それは5月半ば頃に来年3月末日までの契約でのアルバイトの仕事に就き、それと並行しながらの就職活動を展開している事です。職種としては前回8日間(ちなみにこの8日はお試し期間内でした)で終わってしまった学会系の事務補佐に近いといえば近いのかもしれませんが、某大学の事務補佐の仕事です。いくらアルバイトという形であれ週5日間オフィスで勤務する事が出来るようになっただけにモチベーションも高いのですが、まだまだ自分自身相当未熟でヘタレな所もあってうんざりしてしまう事があります。職場内の人間関係も今現在は悪くは無く、むしろ私にとっては最適な環境でもありますが、本当に良き人間関係に至るまではまだまだ努力が必要といった感じです。

収入的に言えば、新卒で正規で務めて数年経過した人の半分程度で交通費付きでありますが、収入よりも働く事はどういう事か、あるいは職場における人と人との良い関係をどのように作っていくかといった社会勉強的な面を優先していますので、3ヶ月が経過した今は仕事にも慣れてきたといえば慣れたかもしれませんが、時に自分は安いとはいえ収入に拘りすぎて本当の目的を忘れそうになったり、軽率としか言いようの無い行動を取ったりして嫌な思いをする事もあります。またこれまでの3ヶ月間は職場の上司の人が精一杯サポートしてくれているから表立ってまずい点が出ていないのではないかとさえ思ったりもしています。

アルバイトと同時並行に進めている就職活動については、今の所芳しい結果は出ていません。5月以前のただ闇雲に就職活動を展開していた頃に比べれば、少しは考えるようになったかもしれませんが、やはり自分はどうしても経歴に拘ってしまうところがあります。というよりも拘る気持ちは昔以上に強くなっていると感じています。大学院に在籍していた頃は露ほども感じなかった事が、沸々と心の中で湧き上がってくる事があります。それは名誉欲だったり、強大な力に対する憧れや権力欲、英雄・偉人に対する願望といったものです。脳内イメージの自分は猛々しく且つ雄々しい人物であると思いたくなる時もあります。それと同時に天下に対して大号令を放つ事の出来る強い力を持ったカリスマ的人物の下に仕えたいという妄想を抱いたりもします。

29年と数ヶ月に渡りくすぶり続けた人生を送って来て、20代もついに棒に振ってしまったと思っていますが、自分がやりたい事や、見たい知りたいと思っている事はそれこそ山ほど存在します。そういった類の事は今の自分からすれば手の届かないような遠方に存在しているように感じられます。ついに20代最後の8月も残すところ後僅かとなり、まだしばらくは続くであろう猛暑が過ぎたら今年の夏は20代最後の夏となります。結局恋人の一人も出来る事無く、友人も殆ど皆無のまま夏も終りに向かっていく事になりました。大学院時代の想い人だったりフィクションの美女キャラなどを脳内恋人みたいに想い続けているのも甚だうんざりしています。

最近時折思うのですが、自分が今家で使用しているパソコンがもう旧世代のものとなってしまっています。インストールされているソフト(Windows2000)も今やWindowsVistaの登場によって3世代前のものとなり、パソコン内蔵のハードディスク自体も最新型のノートパソコンの内臓ハードディスクにすら及ばなくなっているような有様です。今や映像や音のデータの容量は並々ならぬものだけに、下手にダウンロードするものならハードディスクの残り容量を大きく喰ってしまいます。自分のパソコンのハードディスクには過去9年近くに及ぶ情報が保存されているだけに、細心の注意を払いながらパソコンを使っていかなくてはなりません。それどころかパソコン本体もいつ何時クラッシュしてもおかしくなく半ば騙し騙し使っている現状なのでいつかはより高性能のものに買い換えたいとは思っています。しかしながら今の稼ぎと、いまだに未返還の奨学金の事を思うと一体何時になるんだと頭を抱えてしまいます。今使っているパソコンが人生最後のパソコンとならなければいいのですが。




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(´・ω・`)しょぼんぬ こんにちは、そしてお久しぶりです(´・ω・`)また日記が読めてよかった。無事に仕事が出来ている耀でよかったです。体調を崩さずにやっていけますように。うちの実家にはいまだに98seのパソコンが現役でがんばっています。ときどき変な動きをしますが、当分がんばってくれそうです(^^) (07/09/09 19:04)
おば ずっと前から読んでましたよ。でかい一歩じゃないですか。今の地道な働きがそのうちきっと支えになります。頑張ってね。 (07/09/03 22:02)
アニキ よさげな仕事ですね (07/08/27 21:54)


 ■ 2007/04/01 (日) 2007年および2007年度最初の日記(長文)


年が変わってからもう4月、季節はもう春になってしまいました。今年こそ年の初めに日記を書こうと思ってはみたものの、ずるずると今の時期にまで引きずってしまったという感じがあります。自分は3月半ばで29歳、もう20代最後の年になってしまいました。今から10年前の1997年私は19歳で将来に対する不安はおろか展望といったものもほんの少しも持っておらず、将来はどうにかなると思っている節がありましたが、20代も最後の年を迎えた今となっては将来はおろか今現在についても不安が山ほどあって太刀打ちできないという状況でもあります。しかも今日は年に一度のエイプリルフールでありますが、エイプリルフールらしいジョークなど私にはとても言える現状ではありません・・・・・。

今年も私は、年が明けて日がそんなに経っていない頃からしょうもない失敗ばかり繰り返して、その度に親から注意を受けるという情けない暮らしをしています。今の自分は、考えが稚拙、粗相が多い、要領が悪い、失態演じまくり、の四重奏状態です(そこに現実逃避している事やオタク趣味に浸っている事を加えるとすれば六重奏状態になりますが)。もう後が無いという事を痛感していますが、本当にこれで就職(バイトも含めて)が大丈夫なのか?と言われてもおかしくないような状態であるようにも思えてなりません。

最近はアルバイトしながら就職活動をしていこうと考えており、そちら方面の仕事も探しており、実は2月末から3月上旬にかけて自分はとある学会にて事務系のアルバイトをしていましたが、8日しか続きませんでした。目に余るほど酷い働き方ではなくやり方によってはいくら安い給料とはいえ現在でも働いている可能性はありましたが、8日という短期で終わってしまった原因には自分は「仕事」していたのではなく「作業」に終始していたのではないかと思う所があります。確かに朝の9時頃から夕方5時半までオフィスで働きしかも働いた分の給料も貰ったという事は大学院を出てから今年になるまで就職活動ごっことしか言いようのない無為な日々を過ごしてきた自分にとってはプラスとして考えたいのですが、8日間しか続かなかったアルバイトの後のアルバイトも含めた就職活動では何の役にも立てられず割が良くて自分としても就きたいと思っているアルバイトすら断られる現状を思うと自分はどうしようもない人間だと思ってしまいます。

29歳になった事で20代の時間が残り少なくなってきましたが、悪い意味で子供っぽさが抜けきれていない自分には情けなさを感じます。今や疎遠になって久しい大学院時代のゼミの同期やドクター、後輩といった人達はそれぞれの道でそれなりに社会で生活しているというのに、自分だけが世の中から取り残されているような感じがして焦燥感や苛立ち、孤独感が募ると同時に、今までの怠け者暮らしの代償の大きさ故の苦しみやまだ気持ちに引っかかっている漫画等に対する執着心といったものも自分の周りに累積しており、毎日が息の詰まるような思いをしています。

昨年末の日記を含め当日記において自分が如何にダメな人間であるかは書き綴ってきましたが、自分には前述した考えが稚拙、粗相が多い、要領が悪い、失態演じまくり、の四重奏状態からどうやって抜け出すのかなかなかいいアイディアが浮かばず、ただただ頑張って努力するの一点張りでここ最近やっているようにも感じられます。それゆえに注意を受けるとえらく反発してしまう事があります。こういった事もあって、一生懸命頑張る乃至は努力するという事につくづく疑問を感じてならなかったりもします。それどころか今まで自分は努力らしい努力をしたような事がほとんど無く(高校や大学の受験にしても過去の積み重ねを怠った挙句追い詰められてしまったから仕方なく必死こいたというのが実情のように考えています)、追い詰められてから慌てるというパターンが自分の人生に定着しているように思えてなりません。自分が頑張った、努力したという事について思い返してみても、本業を怠けて好きな事に埋没する事ぐらいにも思われます。

自分はこれから先の人生において、何を楽しみに生きればいいのか思うと暗澹たる気分になります。現在の自分は親の庇護の下でなんとか生活しているという現状であるのですが、その生活が保障されているのは親が元気な間だけであって親にもしもの事があれば今よりも生活レベルが低くなる可能性が大であります。つまるところ今の私は綱渡り人生を送っているともいえるでしょう。

しかしそんな窮地一歩手前にもかかわらず、私は自分の趣味への執着心がどこか抜けきれていないように思う所があります。昔に比べればモノを買うという事に慎重になったと感じていますが、過去に買い漁ったモノ(といってもある程度は古本屋・中古ソフト店等にモノによっては二束三文で売り払いましたが)に対しては手放す事が億劫になっていたりします。決して自分でアルバイトとかして稼いだお金でないにもかかわらず。ちなみに年が明けてからもう4ヶ月になろうとしているのですが、自分の部屋は昨年というか2004年と比べてもあまりこれといった変化がありません。少し前に私は親に3月末までには部屋を片付けるといった約束をしながらも、それを見事に破るという事をしてしまいました(守れないというか守る気のない約束をある種の強迫観念に駆られてしてしまうというのは私の常套手段のように感じていますが)。どうも私は部屋を片付けたりする事がこの上なく苦手であるとしか思えません。モノによっては5年以上見向きもしていないのに、処分するという気分にならない事が数多あります。どこか自分には変化する事を嫌い、現状に甘んじているようにも思えてなりません。

自分は今の現状に関して複雑な気持ちで一杯です。親に自分の粗相を注意され解かっていながらも粗相を繰り返し、親に生活の殆ど全てを依存しながらも時々親の事を疎ましく思いかといって親から自立しようという所まではいかなかったり、自分の机の周りはSF小説やライトノベル、コミックに趣味の本(特に宇宙関連)で溢れ返っておりしかもそれが長い間ちっとも変化しておらず、整理しようと思うものの実行にまでは至らない等等、といった事が自分の周囲を巡っています。自分は趣味に関しても全て受け身な趣味しかしていないのでそういった所が他の生活にも悪い影響を与えていると感じる所があります。しかも趣味そのものも本業をおろそかにした上での趣味だったので後ろめたさを感じながらのものだったと思えてなりません。自分としても後ろ向きな趣味ではなくもっと前向きな事をしていきたいと思っていますが、如何せん現状が現状なだけでなかなかそれも難しかったりします。

つまるところ私は自分の人生に夢や希望といったものを持たず、今が楽しければそれで良いといった感じで生きていた事が今の自分に大きな負債として圧し掛かっていると感じているのです。英雄や偉人への憧れも強かったりするものの、彼らの足元にも遥かに及んでいないという事を思うと、自分は何でこの世に生を受けたのかとまで思う事もあります。今思うと自分の歴史好きというのは中学高校時代に試験で点が取れやすかった事と、英雄や偉人の活躍や覇業といったものに赫奕たるものを感じていたからなのかもしれません。


以下の事は殆ど与太話ですので、参考程度に。



今年始めに歯科医の次男坊(3浪の医大志望)がタレント・モデル活動をしていた妹に「夢がない」と言われた事に激昂して殺害してその遺体をバラバラにしてしまったという事件が世を騒がせましたが、自分はこの浪人生の事を他人事のようには思えなかったりしました。自分は一人っ子であるため何かと比較される事や兄弟間での一種の格差を目の当たりにする事はありませんが、大学浪人ならぬ就職浪人を3年もやってきてこれといって目ぼしい結果が出ないという事には焦りや苛立ちを多々感じています。恐らく浪人生の彼も優秀で立派な父親と兄(医大生)、気の強い妹の間に挟まれて彼も同じようなものを感じていたのでしょう。だからといって彼が犯した蛮行が許されるという訳ではありませんが、人間は自分の前途に暗雲が深く立ち込めてしまうと何気ない一言でさえも自分を否定された言葉として捉えてしまうのかもしれません。

今回の事件に関しては自分の感情を抑える理性が正しく機能しなかったがために最悪な結末を迎えてしまったのではないかと思います。兄弟姉妹がいればキツイ一言や二言投げかけられるなんて事は日常茶飯事なのでしょうか?とはいえ有名マンモス大学の付属に通いながら、同じ系列の医学部に2浪しながらも入れなかった、という事はどうしようもなく頭が悪かったと言えるのかもしれません。となるとそんな状態でありながらも他の選択肢が思い浮かばず馬鹿の一つ覚えみたいに歯学部に拘っていた以上は「夢がない」なんて言われても仕方のない事となるのでしょうか。

罪を犯した以上彼は法で裁かれなければならないと思いますが、彼が高校時代に残した句、「髭生ゆる 我が顎に出り 父の影」にはどこか惹かれるものがありました。自分には短歌や俳句を作り発表するだけのモノが無いだけに、そういったものを作れるということについては願望めいたものを感じたりしました。



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ぺけぽむ 何かひとつでもやり抜いてみたらどうかと思うんだけどねえ。あと、プライドは捨てなさい。もうあなたは作業レベルのアルバイトでしか丘陵を取れないところまで身を落としてるのですよ。それに直面するのがイヤだったからたった8日でやめたんじゃない?…と思ってしまうのだけど。 (07/04/29 15:46)
(´・ω・`)しょぼんぬ お久しぶりです(´・ω・`)ノシ久しぶりに日記が読めてよかった。4月のはじめで、これをいい区切りに何かいい方向に向かっていけますように。私としては、これだけ長い日記書けるだけでもすごいなあ・・・と感心。 (07/04/02 13:58)
のりすけ なんで8日しかバイトできなかったの? (07/04/01 20:23)


 ■ 2006/12/29 (金) 2006年最後の日記


もう年の瀬も押し迫っていますが、自分にはそういった実感が全く持てません。去年の日記を読み返してみても、自分は結局少しも変わる事が無かったと呆れるばかりです。大学院時代を含めれば不愉快極まりない年末は5回目になります。大学院時代の留年期間の年末はろくな研究を行ってこなかったしわ寄せでしたが、大学院を離れて以降の年末はろくな人生を送ってこなかった事がしわ寄せとなっています。1年かけて何か一つの事を成し遂げたというものすらありません。結果の出ない努力など怠けている事と同じであるという事を去年よりも痛感した事が、やっと自分が意識するようになった事が今年自分が得たものではないかと思っています。

20代も残すところ1年と数ヶ月ですが、自分は20代を完全に棒に振ったと思っています。20代前半の一番良い時期にろくでもないダメ人間な生き方をしてしまった結果、人付き合いも相当希薄になり、知り得たであろう事や身に付けられたであろう事の多くを自分から放棄してしまったと思えてなりません。手元、あるいは身の回りに残った物は、生きていく内ではほとんど役に立ちそうもない趣味のものばかりです。しかし親のみならず他の人からみても好かれそうも無いものとはいえ、整理したり処分したりするとなると躊躇してしまいます。中には自分が見ても興味の失せたものもありますが、どうしても・・・・という感じで手放す事が出来なかったりします。自分はどうも物を片付けたり整理したりする事が苦手のようです。年末といえば大掃除の時期でもありますが、自分の部屋はかれこれ2年8ヶ月近く変わっていません(ちょうど大学院を出た頃からになります)。整理も下手なくせにどうしてこれほどまでモノを貯め込んだんだろうと思ったりしますが、これも整理が下手だからなのでしょうか。あるいは私は小学生の時以来同級生の家に行った事が無いので、人がどのような生活をしているのかその一部すら見ていなかったので部屋の間取りの良い参考となるもの(情報とかの面で)をみすみす見逃しているからなのかもしれません(そのような関係の本を読むのが手っ取り早いのでしょうが、なかなかそうしようという所までいっていなかったりします)。

自分は10代の頃を含め、将来に対する意識、美的感覚、経済感覚、モノの取捨選択といった生きていく上では必要な事や身に付けておいた方がいい事を軒並み身に付ける事無く、自分の興味の持ったもの以外の事には何の関心も示さずに生きてきました。現在はこのような事をしていたツケが大きく回ってきて、朝起きてから寝るまでの時間が相当苦痛に満ちたものになっています。こんな事はとても面接では言葉に出来るものではありませんが、自分の一挙一動が進退問題になっています。ここ数年の自分の行いを見ても、私は誰かが自分の事を見ていないと道をはみ出してしまう人間である事を否応無く認識させられました。大学受験の頃までは自分は親の事を好きな事をさせてくれない云々とわがままを並べて毛嫌いしていましたが、その毛嫌いしている親がいたからこそ自分は大学を現役で合格する事が出来ました。しかし大学生になっていわば「自分の事は自分でするべき」という時期になり、あまり親も私の生活に口を挟まなくなってから私は滅茶苦茶だらしなくなり現在に至っている訳です。

11日の日記にも書いた自分は発想力が貧困でありながらクリエイティヴな仕事を志望していた事に関してですが、大学・大学院時代よりも遡って中学・高校の頃はアーティスト、つまるところミュージシャンになりたいと思っていたりしました。ろくに楽器演奏も出来ず、中学の頃は学校の式典や合唱コンクールなどでクラスで合唱する際に音程が外れている事をよく指摘されていたりしましたが、以前の日記でも書いたと思われますが恐らくTM NETWORKに心酔していたからなのでしょうかアーティストになりたいなどと自分の力量を無視した空虚としか言い様の無い事をよく考えていたなぁと今となっては情けなく思ってしまいます。とはいえ別に作家やアーティストのようなクリエイティヴな仕事に就かなくても、学生生活はおろか普通に生活していく上で発想力というものは必要と思われますが、それが貧困という事を思うと本当に自分は大丈夫なのか?となってしまいます。

繰り返しになりますが、来年は今年よりも本当の意味でいい年にしたいと思っています。棒に振ってしまった20代の最後の年でもありますが、少しはまともな生活を送る事が出来たと思えるような1年にしたいです。


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和牛 たとえ結果の出ない努力だったとしても、怠けていたのとは少し違うような気がするのですが…。良い結果が出なくても、だめだった…っていう結果は得られるわけですし。怠けていたら、挑戦もしていないわけだから、何の結果も得られませんし。ダメだった…っていう結果を得て、次に向かうことができるような気がするんです。気休めかもしれませんがね… (07/01/11 01:13)
アニキ th1969さんがいい事を言ったと思う (07/01/08 01:16)
(´・ω・`)しょぼんぬ あけましておめでとうございます。今年はいい1年になりますように。1年のhが時まりの区切りなので、何か具体的な目標を一つでも立てて、それを達成してみるのがいいかもしれません。 (07/01/02 21:42)
th1969 逆説的な言質になるけど、逆転一発ホームランは狙わないように。 (06/12/29 17:09)


 ■ 2006/12/11 (月) およそ半年ぶりの日記、もう既に年末・・・・・


前回記入した時から半年近くが経過してしまいました。この間、私はとりたてて多忙を極めていた訳ではなく、何かを書く気力を大きく喪失しており、ネタ切れ状態でもあったために日記から遠ざかっていました。またYouTubeにハマっていた事もあって、当サイトからも遠ざかっていた事もありますが。この日記をつけるようになったきっかけというのも自分という人間が生きた記録というものを何らかの形でこの世に残したい(とはいえかろうじてとは言ってもまだ20代の私がこのような事を言うのもどうかと思ってはいますが)という気持ちをオタク的人生の大きな窮地でありなおかつ肩身の狭い思いをしていた時期(今も窮地である事や肩身の狭さを感じている事には変わりはありませんが)に持ち、「無職.com」を通して少しでも多くの人に伝えていこうと思ったからでもあります。しかし何ら大きな進展も見られないまま、堂々巡りのような状態が2年と8ヶ月続いてしまうと不満や鬱屈は溜まりに溜まっても言葉に表したいと思えるものは枯渇してしまっています。ちなみにいまだに就職への道は遠い状態が続いています・・・・。しかももう今年の残りも20日程度になってしまいました。自分ではあんまり意識しないのですが。

しかし前回記入より約半年の間にも、自分としては後一歩という所まで来ていたものもありますが、最後の面接(相手はその会社の社長さんでした)にて恐らく自分の頭の悪さを露呈するかのような愚劣な発言をしてしまったか何かで落ちた所もあります。自分自身のキャリアも表向きはよく見えたとしても中身は相当無様であるがために人に話す事が出来ないものが多かったりするがために、単純に熱意を評価してもらいたいと思ってはいますが、自分には山を動かす程の熱意があると思っていても、相手には全くといっていいほど伝わっていないのではないか、と考えてしまいます。自分の熱意は山を動かすどころかそよ風を吹かす程度のものですらないのかもしれません。

昨年の年末に書いた日記を読み直してみましたが、この時と現在を比較してみてもどこが変わったんだろう?と思う所もあります。今年も私は漫画の事を触れられると無茶苦茶激昂してしまい、床に漫画本を投げつけたりして暴れたりもしました。自分が好きな物はぞんざいな扱いをしないというのが普通なのかもしれませんが、しかし私は漫画について触れられて感情が昂ぶると床に平積みしてある漫画本を蹴っ飛ばしたり投げつけたりと相当矛盾したような行動を取ってしまいます。落ち着いて考えてみるとおかしい事と思いはしますが、漫画について触れられたら正常な判断がつかなくなってパニック状態に陥ってしまいます。

自分は元々絵がそんなに上手いわけではなく、漫画家やイラストレーターといった仕事は不向きである事は重々承知していますが、大学院時代でも将来はクリエイティヴな仕事をやってみたいと心のどこかで思っていました。そのためにはSF小説であれ漫画であれアニメであれ、そういったものは数多く読んだり観たりしなければならないと思い、本業そっちのけでやっていましたが、元々発想力が貧困であった私にとってはいつしか読む事や積読する事で自己満足するといった方向に進んでしまいました。所詮狭い世界でしか人付き合いをしていなかった事を思えば、人がどのような事を考えているのかを多く知る事も出来ませんでしたが。

本であれ映像メディアまたは音声メディアであれ、結局は書いた人作った人が偉いのであって読んだり観たり聴いたりする事など極端な事を言えば子供でも出来る訳だから、受け身に過ぎないと言われればそれまでの事と思います。自分は今までの人生の中で、読んだ本や観た映像等から印象付けられた物を自分の中で消化してそれを自分のために役立てるという事をあまりしませんでした。ほとんど自分の中に詰め込む事だけで満足していたと思われます。今でも人に手紙を書いたり等文章を書く際には、自分の発想力の無さやアイディアの貧困ぶりに頭を悩まされる事がしばしばあります。

今年中にまた記入する事が出来ればいいのですが、この日記が年内最後になるかもしれません。しかしながら今年も碌な年ではなかった、と後悔するような年末はいい加減こりごりです。


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(´・ω・`)しょぼんぬ お久しぶりです。今年はもう残り少なくなりましたが、2007年はいいスタートを切れますように。寒くなるので体調には気をつけてください。また印刷してじっくり読ませてもらいます。 (06/12/19 01:38)
アニキ もう30近いんだろ 30越えても院が院がと言って何も進展してないことのないように後もう一息力を入れて頑張って 妥協するのも手かも (06/12/17 02:14)
 自分では当たり前と感じることも(作品とか)、誰かから見たら当たり前に見えない場合もあるわけですから、まずはありのままで頑張ってみると良いと思いますよ。 (06/12/12 01:37)


 ■ 2006/06/13 (火) サッカーワールドカップドイツ大会が開催されましたが・・・・・・


 前回書き込んだ時よりもう3ヶ月以上過ぎてしまいました。まず初めにこの約3ヶ月の間に何があったのかを書くと、まず3月半ばには28回目の誕生日を迎え、3月末には久しぶりにTOEICの試験を受けたものの今まででいい点を獲った大学院在学中の2003年よりも成績が落ちていた事、後就職活動を4月以降も継続してはいるものの、ほとんど芳しい成果は出せず鬱屈とした気分になっています。また入社式や入学式やらをテレビで見て嫌な思いを感じたりもしました、もう2ヶ月以上前の話ですが。

 思えばちょうど今年で自分が大学に進学してちょうど10年という年になりますが、大学に進学した1996年の自分は10年後の未来が暗澹たるものになるとは思ってもいませんでした。今現在は10年後つまり2016年になりますが、の自分を想像するとそれこそ暗澹たる思いになってしまいます。もしも2016年に東京で52年ぶりにオリンピックが開かれる事があったとしても、自分がそれを直接的乃至は何らかのメディアを通して間接的に観戦する事が出来るのかどうかすら怪しいようにも思えます。先週末からサッカーワールドカップドイツ大会が開幕し、個人的にも縁のあるドイツでの開催だけに関心は高かったりしますが、ありとあらゆる試合をテレビで観戦できるのかといわれてもあまりいい答えはでません。といっても先日の悪夢ともいえる日本の逆転負けに終わったオーストラリア戦はしっかりと視聴しましたが。高校時代からドイツの現代史には興味があり、大学以降はドイツ発の大河SF「宇宙英雄ローダン・シリーズ」を読むようになってより一層ドイツのエンターテイメントにも興味を持つようになって、院進学の後は科学技術方面にも食指を広げはしましたが、結局何も実を結ぶ事はありませんでした。自分がドイツに現在生涯最初で最後の海外旅行をしたのも大学院に進学した6年前になりますが、今の自分にとってはドイツですら銀河系における地球の反対側の惑星並に遠い距離になってしまっています。


 この日記でも既出の話になりましたが、相変わらず私はコミックやらSFといった自分の趣味の話題が親との間に出ると時折癇癪を起こしてしまう事があります。大学院を趣味でコケたにもかかわらずその趣味を捨てられないという事が今も続いていますが、本当に私には自分の身体から腕や脚の片方を切り離すくらい過酷な事であったりします。子供の時から友達を作ったり集団で遊ぶなんて事が苦手だった私にとって、人様が作ったもの(本や音楽、映像作品、アニメ、ゲーム等々)を堪能する事は最大の娯楽であり、学生時代は大先生と呼ばれる方の本を読んでいれば自分も賢くなったように錯覚していましたが、現実にはどんなに分厚いハードカバーの専門書・研究書を呼んでもちっとも賢くなっていません。ネットがこれだけ発達した現代においては情報など検索する能力さえあれば頭の中に必要以上に蓄えておく事は無意味な事のように見られている事ぐらい承知しており、むしろ教養や娯楽の一環としての読書を心がけてはいますが、実際の就職試験の場でそういった所から仕入れたものが役に立った試しはありません。


 私の状況は2月下旬に書いた今年最初の日記の時とはほとんどといっていいほど変わっていません。最近はどうも無理に朝7時に起きているものの家にいる時は昼間は自室の机の前に座った状態で昼寝している事が多くなりました。感じているストレスの量も学生時代以上に思えます。というようりも学生時代にストレスらしいものを感じたのは大学院時代の最後の1年半程度ですが。仕事がなかなか決まらない事や、家でも相変わらず下手糞極まりない日常生活を送りつづけ無知ゆえの失敗の無限ループ状態である事が自分が感じるストレスを重いものにしていると思えてなりません。


 もう20代も棒に振ったとしか言いようの無い状況です。色々な事を体験出来るはずの20代がえらく無駄なものにしてしまったと思っています。もう残り2年を切ってしまいましたが、後の1年9ヶ月で今までの8年近くの無駄な人生を取り返せるとは思えません。所謂「MARCH」レベルの大学まで進んでおきながらここまで駄目な生き方を送ってしまった人間などそうはいないでしょう。

 久しぶりの日記で何らかの変化があったのではないかと期待される方もいらっしゃるかと思われますが、上に述べている事が今の私にとっての全てに近い状況です。少しでも何らかの変化を自分の人生にもたらしたいと思っていますが、自分の頭の悪さ等々でなかなか上手くいかなかったりしています。


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(´・ω・`)しょぼんぬ 久しぶりです。最近はどうされていますか? (06/10/10 20:23)
韮山 4ヶ月に一回とはいえ、長文大変でしょう。私だったら、その間に起こったこと詳細には覚えていられない。(^^;) ほんの2、3行だけであっても「今日あったこと」を書くと、印象良いですよ。 恥ずかしながら、私もレポートあげるとき、未だに言われることがあります。 (06/06/15 00:29)
(´・ω・`)しょぼんぬ 久しぶりです(´・ω・`)ノシお名前見つけてうれしかったです。少しずつでも、進展が見られますように。また日記印刷して読ませてもらいます。 (06/06/14 19:25)


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